は、一面に髯の生えた顔の相好を崩して、にこにこ笑っていた。
 一座は、かなり打ち興じた。一番に、細井其庵が手に取り上げた。が、性急な彼は、しばらくいじっていたかと思うと、すぐ投げ出してしまった。
「どれどれ拙者が」と安富寄碩が、子細らしく取り上げたが、これもしばらく考えていたかと思うと、思案に余って投げ出してしまった。その袋は、一座の者の手から手へ渡った。一人一人失敗するごとに一座は声高く笑った。カランスは皆が開けかねているのを、嬉しそうに、にこにこ見ていた。
 玄白の手元に来たとき、彼もにこにこ笑いながら取り上げた。袋の口には、金具が付いていた。それは、おそらく知恵の輪の仕掛けになっていたのだろう。玄白は、所々を押したり引いたりしてみたが、口は一分も開かなかった。
 彼は、とうとう持て余した。彼は、苦笑しながら、それを次の者に譲ろうとした。が、その時に、一座の者は、たいていそれを試みていた。ただ玄白の右手に座っている良沢だけには、彼があまり端然と控えているために、誰もがそれを手渡しかねていた。
「前野氏、いかがでござる?」
 玄白は、気軽にそれを良沢に手渡そうとした。が、良沢は冷然として、それを受け取ろうとはしなかった。彼は、おそらく一座の者がつまらない玩《あそ》び物で打ち興じていることが、あまりに苦々しく思われたのだろう。否、士大夫《したいふ》ともあるべきものが、つまらない玩《あそ》び物で、カピタンから体よく翻弄されていることを苦々しく思ったのだろう。彼は、玄白が差し出したその袋を、見向きもしようとしなかった。
 その袋は、玄白と良沢との中間に置かれたまま、一座はちょっと白けかかっていた。
 が、ちょうどその時、折よく平賀源内が、遅れて入ってきた。彼は、その袋のことを一座の者からきくと、それを無造作に取り上げたかと思うと、たちまち口を開けてしまった。
 一座は、源内の奇才を賞する声で満ち満ちた。彼の奇才は、一座の白けかかるのを救ったのである。
 が、玄白の、良沢に対する意地とも反感ともつかぬものは、彼の心の中で、この時からだんだん判然とした形を取りかけていた。
 玄白は、良沢が一座にいると、心に思い浮ぶ質問の半分も、口に出すことができなかった。良沢には、自分のきいていることが、もうとっくに分かっていはしないかなどと思うと、質問をすることが、良沢の前で自分の無知を
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