して死にたくなかった。まして、殺された後に、自分の首が獄門台に晒されることを考えると、どんなことをしても死を免がれたかった。もう、とっぷりと暮れてしまった障子の外の闇のかなたに、白木の獄門台が、ずらりと並んでいることを考えると、水のような寒気《さむけ》が全身を流れるのであった。
そのあくる朝、桑名の藩士たちは銘々、覚悟を決めて床を離れた。が、起き出《い》でたものは、十三人ではなかった。格之介は、夜のうちに警護の者の目を盗んで逃亡してしまっていたのである。
五
「臆病者! 卑怯者!」
十二人は、口々に格之介を罵《ののし》った。が、中には、うまく逃亡した格之介に対する心のうちの羨望をそうした言葉で現しているものもあった。
築麻市左衛門から、格之介逃亡の旨を、警護の鳥取藩士に申し出でた。さすがに、その推定された逃亡の理由まではいわなかった。敵《かたき》となっている他藩の人に対し、同藩の者を臆病者にはしたくなかったからである。
「有様《ありよう》は、関東へ下って、慶喜《よしのぶ》公の麾下《きか》に加わって、一働きいたそうとの所存と見え申す」
市左衛門は、格之介逃亡の理由を、こう説明した。
それをきいた鳥取藩の隊長は、苦い顔をした。
「それは近頃、心外なことじゃ。武士は敵味方に別れても相身互いじゃと存じたによって、かほどまで寛大な取扱いをいたしたのは、われらが寸志じゃに、それが各々方に分からなかったとは心外千万じゃ。いや、ようござる! 鎮撫使から預った大事な囚人を逃したとあっては、拙藩の恥辱でござるほどに、草を分けても探し出す所存でござる。各々方を信用したのが、拙者の不覚でござる」
隊長は、かなり憤慨して、開き直った。
市左衛門も、相手から寛大な取扱いという言葉をきくと、むっとした。武士たるものに、汚らわしい刑具を見せつけて侮辱を与えておきながら、よくもそんなしらじらしいことがいえると思った。
「ふむ! あれで寛大な取扱いと申さるるか」
彼は、吐き出すようにいった。
「いかにも」隊長は、屹《きっ》となって答えた。「拙者の計いで、各々方に、かほど自由を与えてござるのが分からないのか。錦旗に発砲した朝敵じゃほどに、手枷《てかせ》をかけても言い分はないはずじゃ。それを立ち居も、各々方の随意にさせてある。番兵も付けず、看視もいたさないのは、なん
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