悪くしているらしい。が、あいつが、自分の小説がすぐ林田の好意ある推薦を受けるとでも、思っているのは、彼の無知から出た自惚《うぬぼれ》だ。
三月五日。
とうとう、同人雑誌「×××」が出た。さすがに俺にも一部送ってきた。俺は、それを開いた時、今までにない不快な圧迫を感じた。それは、山野から受けたそれよりも、もっと不快なしかも現実的なものであった。同人の連名を見た時に、俺はとうとうやつらに捨てておかれたと思った。俺はどれほど嫉妬に燃えただろう。俺よりも天分においては劣っていると思う岡本などまでが、俺より急に偉くなったように思われて仕方がない。
俺は巻頭に載せられた山野の小説「顔」を、恐る恐る読んだ。俺はそれが不出来で、愚作で全然彼の失敗であることを祈りながら読んだ。が、その一分の隙のない、まとまった書き出しに俺はまず気押されてしまった。ことに一句一句、蜘蛛の糸のように粘り気があって、しかも光沢のある文章が、山野一流の異色ある思想をぐんぐんと表現していくあたり、俺はあいつに対してますます強い反感を感ずると同時に、あいつの魅力ある筆致によって、ぐいぐい頭を押えられてしまった。ことに「顔」
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