ていくのを呪っている間に、山野は俺のために好意ある配慮をなすことを忘れなかったのだ。彼らに対して意地を立てているよりは、彼らに接近して「×××」に作品を発表した方が、どれほどよいことだかわからなかった。山野の手紙を見た時、今まで俺には遮られていた光線が、初めて温く俺の身体を包むような気がした。俺はすぐ返事を書いた。あまり興奮してあいつに笑われはしまいかと思われるほど、興奮にみち感激にみちた手紙を書いた。そしてすぐ後から作品を送ることをいい添えた。俺の手紙は、明らかに卑しい哀願の調子を交えていた。俺は自分の態度のうちに征服された弱者が、強者におもねっているような、さもしい態度を感づいた。今まで、極端に呪詛《じゅそ》していた彼の、華々しい初舞台《デビュー》に対してさえ、賞賛の言葉を連ねた。が、俺にはそれを卑しむべきこととして思いとどまりうるほどの余裕はなかったのだ。山野の好意にすがることは、現在の俺にとっては唯一の機会だといってもよかったのだ。
俺は手紙を出した後で、すぐ中田博士を訪問した。俺の脚本の「夜の脅威」を貰いに行ったのだ。博士のところへ持って行ってから、もう三カ月以上になる。博士はもうとっくに、俺の脚本のことなどは忘れてしまったと見え、たまたま俺に言葉を掛けることなどがあっても、脚本のことはおくびにも出さなかった。が、今度山野のところへ作品を送るとしても、いちばんまとまっているものは「夜の脅威」であった。考えてみれば、俺は発表のことばかりに気を取られて、本質的の創作にはまったく呑気《のんき》であったのだ。黙々として、千五百枚の大作にかかっている佐竹君のことを考えると、かなり恥かしく思う。
中田博士は、いつものように在宅した。俺が来意を述べると、
「そうそう、君の脚本を預かっていたっけ」と、いいながら立って、書棚の一隅を探ってくれた。そして、おそらく俺が持ってきた時のままらしい俺の脚本を、取り出してくれた。俺は、それでも「夜の脅威」という表題を見ると、旧知にあったように懐しく思った。俺がこの三、四カ月間、焦慮に焦慮を重ねている間にも、俺の作品は中田博士の書棚の一隅で、悠々たる閑日月を送っていたのだった。「いよいよ発表することになったのですか。それは結構です。活字になった上で、まとまった批評をしましょう」とお世辞をいってくれた。俺は中田博士の、極度に無関心な態
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