方は、一昨日とうとう書き上げてしまった。僕はこの二、三日そのために愉快で堪らないのだ。少し静養したら、いよいよ千五百枚のものにかかるんだ。こっちが完成したらもうしめたものさ」と相変らず元気なことをいっていたが、ふと「△△△△」が佐竹君の目に入ると、
「山野君の『廃人』が載っていたね。ありゃそう恐るるに足るものじゃないね。ただ思いつきばかりのものだ。芸術としてはむしろ邪道だね」と、いった。が、俺はもうこの男の罵倒から、なんらの慰安をも感じなかった。思いつきばかりでもいい、芸術の邪道でもいい、文壇に認められる方が、どれほどいいことかわからなかった。六百枚の長篇を終って、千五百枚の大作にかかっている佐竹君よりも、三十枚ばかりの器用な短篇を書いて、一躍して認められた山野の方が、俺にはどれほど羨《うらやま》しいかわからなかった。
 俺は、それから意外なことに気がついた。俺は何気なく佐竹君に「群衆」を見せて、俺のわずか七枚の小品を指し示すと、それを見た佐竹君の瞳は、異様な輝きを帯びた。
「なんだ! こんな短篇か!」と、彼は吐き出すようにいった。
「この雑誌は一体、誰が経営しているのだ! 一人としてろくなやつが書いていないじゃないか! 草田花子! あ! こいつか! こりゃ君! この間、山本という男と、作品の褒め合いをしたかと思うと、獣《けだもの》のようにすぐくっつき合った女じゃないか。こんな女が小説を書いているんだね」と、佐竹君は「群衆」の寄稿者をことごとく罵倒した。そして「群衆」という雑誌が低級な雑誌でそれに書いている者が、ことごとくろくでもない奴らであると結論した。
 俺は、俺のわずか七枚の小品が、これほど佐竹君を激昂させたことに驚いた。この男は雑誌「群衆」をけなすことによって、俺の作品を無視しようとかかったのだ。が、それはまったく反対の事実を語っている。俺の小品が七枚でも活字になったことは、佐竹君にとって決して愉快なことではなかったのだ。俺が山野の作品によって感じているような反感と焦躁とを、佐竹君もやっぱり感じているのだ。六百枚の長篇を書き上げて、堂々と小説の大道を歩んでいるはずの佐竹君が、活字になった俺のわずか七枚の作品から圧迫を受けるとは、考えてみれば不思議なことだった。
 が、俺は俺の小品を無視しようとした佐竹君を、決して憎めなかった。俺は山野より天分が劣っていること
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