こと、それはもう「×××」の発行で、早くも実現の第一段に到達したのだ。
俺は、山野の天分の力に、どうして対抗しようというのか。山野の天分が認められるということが、当然であればあるほど、俺の反抗は、無意味でかつ淋しかった。俺はもう目を閉じて、あいつの華々しく打って出るのを、辛抱するよりほかに、どうとも仕方がないのだ。ただ、あいつに対抗する唯一の方法は、俺があいつと同時に、文壇へ出て行くということであった。俺は、そう考えると、ふたたび俺の創作「夜の脅威」のことを思い出した。それはあまりに頼りにならないものに相違なかった。が、文壇の水準以下のものとはどうしても思われなかった。俺は、今宵、図書館を出ると、すぐ中田博士の家へ急いだ。「夜の脅威」についての批評を聞いた上、ぜひともどこかの雑誌へ推薦を依頼するつもりであったのだ。
中田博士は、都合よく在宅した。
俺は、博士と向い合うとすぐ、
「いかがです、いつかお願いしました脚本は、読んで下さいましたでしょうか」と切り出した。
「あ!」と博士はちょっと当惑の色を示したが、すぐ「あああれでしたか。つい忙しくって、読みかけのままですが、いずれゆっくり読んだ上で、まとまった批評をしましょう」と、いつものように、悠然と答えたが、俺は、博士がまだ一枚も読んでくれていないことを直覚した。俺が、これほど焦躁のうちに努力して書き上げた作品を、一カ月半もの間、一読もしないで、置きっ放しにしておいた博士を、俺は少し呆気《あっけ》に取られて見た。が、博士には、それが、あまり不自然ではないらしいと見えて、すぐ話題を換えて話し出した。
「フランスの近代劇の中にも、なかなかいいものがありますよ。近代劇といえば、北欧の専売にように思っているから、困りますよ。なんといっても、芝居はフランスが元祖で、イプセンなども、やはり作劇術の点においては、明らかにフランス劇の影響を受けていますよ」
俺はフランス劇の話などきくような心持ちとはまるきり懸け離れていた。中田博士の手の中にある俺の「夜の脅威」は、一体いつが来たら、日の目を見るだろうと、そればかりを心配していた。俺は、いっそのこと、貰って帰ろうかと思った。が、実際中田博士の手を経ずして、文壇に一指を届かすことさえ、俺には難しいことであった。
俺は、フランス劇の話を一時間ばかりしようことなくきいた後、博士の家を
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