れないと思う。わしは、もう一度長吉をゆるして見ようと思う」
同心達も、越前のふかい考え方に賛成した。
間もなく、判決の日が来た。
越前の前に、引き出された長吉は、面目なげに、うつむいたままである。
越前は、いつもの通り、しずかに云った。
「長吉面をあげい……」
「へえ、へえ、申しわけございません」
と、一度あげた面をまた地に伏せてしまった。
「死罪は、覚悟しているだろうな」
と、越前が云うと、
「御奉行さまのお言葉にそむきました上は、はりつけでも獄門でもどうぞ、御存分に……」
長吉は、面をあげながら云った。
「そんなに盗みがしたいのか……」
「半月ばかりも辛抱しましたが、どうもダメでございました。へえ、へえ」
「うむ」
越前は、じっと長吉の顔を見ていたが、彼の顔の隠徳の相は、いよいよハッキリと浮び上っているのである。
「ところが、長吉、もう一度お上の慈悲を受けることになったぞ……」
と、云ったが、長吉は手をふるかわりに、縛られている身体を左右にふりながら、
「お奉行そりゃいけません。二度でも、三度でも同じことです。生かして置いて下さると、またやります。同じでございます。どうぞ、スッパリとやって下さいませ。その方が、私も気持がよろしゅうございます」
空威張や、てらい[#「てらい」に傍点]で云っているのではなく、心からそう云っているのだった。
「いや、そうはいかぬ。下郎のそちに、仔細《しさい》は云えぬが、そちの命が助かるようになっているのだ。長吉、そちはよほど、人に善根を施しているのだな」
「善根とは……」
「人に情をかけたことじゃ。そちは、よほど人を助けていると見えるぞ。ありていに、云って見たらどうだ」
「こんなケチな野郎に、たいした事は、出来ません。ホンの煙草銭ぐらいは……」
「いや、そうじゃあるまい。お前の恩を、泣いて喜んでいる者が、いく人か居るに違いない。思い出して見い」
「いやア……」と、云いかけたが、さすがにそのままだまって考えていた。
「思い出すだろう、かくさず云って見い」
と越前は催促した。
「そうでございますなア。こんなに、よろこんでくれるのなら、これからもまた、人に金をやろうと思ったことが、一度ございます。二年ばかり前でございましょうか、十一月も末のある晩、四つ頃(十時)でございましたろう、永代橋《えいたいばし》の上を通りかかりますと夜泣きそばが、屋台をおろしていましたので、立ち寄って一杯ひっかけましたが、そのそば屋と云うのが、十三、四の小僧でございます。うすぎたない袷《あわせ》を着てガタガタふるえているのでございます。しかも、真青なひだる[#「ひだる」に傍点]そうな顔をしているのでございます。『お前ひもじいのじゃないか』と、きいてやりますと、三日食っていないのだと云います。『じゃ、おじさんが代を払ってやるから、そばを喰いねえ』と、申しますと、商売物のそばを喰《た》べると、冥利《みょうり》がつきると申します。いろいろ事情をきいてやりますと、一人の母が病気で二年ごし寝ているが、一昨夜も昨夜も、雨で商売が出来なかったので、何も喰べさせる事が出来なかった、お客さまが、代を払って下さるのなら、家へ持って帰って、おふくろに喰べさせたいと申します。可哀そうに存じましたので、そば代を払った上に、丁度その賭場《とば》でかせいだ中から二分金を一つやりましたが、感心なことにそれを、なかなか受け取ろうとは致さないのでございますが、やっと地に投げすてるようにして参りましたが、それでも私を十間ばかり追いかけて来ましたが、及ばないと見え、そのまま地面に坐《すわ》って私の方を拝んで居りました。やくざな私を、拝んでくれるのかと思うと、私もわるい気持はいたしませんでした。それ以来、半年ばかり永代の近くを通りますときは少し遠回りを致しましても、立ち寄ってそばを喰うことに致して居りました……」
越前も、ひとみを少しうるませながら、
「その都度合力もいたしたか……」
「ところが、御奉行さま、なかなかしっかりした小僧で、わけのない金はなかなか取ろうと致しませんので、手こずりました。そのうち、母親が死んだとかで、京橋《きょうばし》の方の店に奉公したようでございます」
「左様か。長吉、まだその外にあるだろう、そちは人命を助けたことがないか……」
と越前は、やや前かがみになって訊いた。
長吉は、しばらく考えていたが、
「……そうおっしゃるとございました。古いことでつい忘れて居りました。もう五年前、私が盗みを始めた頃でございます。両国橋《りょうごくばし》の上で、身投げをしようとする老人を助けました」
「うむ」
「何でも、村の貧しいお百姓達が、御年貢を収めないので、庄屋殿が入牢《じゅろう》している。それを救い出すために、村中が五十両と
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