。私は、納豆売のお婆さんに、恩返しのため何かしてやらねばならないと思いました。それでその日学校から、家《うち》へ帰ると、
「家では、納豆を少しも買わないの。」と、お母《っか》さんに、ききました。
「お前は、納豆を喰《た》べたいのかい。」と、お母《っか》さんがきき返しました。
「喰べたくはないんだけれど、可哀《かあい》そうな納豆売のお婆さんがいるから。」と言いました。
「お前が、そういう心掛《こころがけ》で買うのなら、時々は買ってもいい。お父様《とうさま》は、お好きな方《ほう》なのだから。」と、お母《っか》さんは言いました。それから、毎朝、お婆さんの声が聞えると、お金を貰《もら》って納豆を買いました。そして、そのお婆さんが、来なくなる時まで、私は大抵《たいてい》毎朝、お婆さんから納豆を買いました。



底本:「赤い鳥傑作集」新潮文庫、新潮社
   1955(昭和30)年6月25日発行
   1974(昭和49)年9月10日29刷改版
   1989(平成元)年10月15日48刷
底本の親本:「赤い鳥 復刻版」日本近代文学館
   1968(昭和43)年〜1969(昭和44)年
初出:「赤い鳥」
   1919(大正8)年9月号
入力:林 幸雄
校正:鈴木厚司
2005年6月16日作成
青空文庫作成ファイル:
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