われる豆腐屋の吉公《きちこう》という子が、向うからヨボヨボと歩いて来る、納豆売りのお婆さんの姿を見ると、私達の方を向いて、
「おい、俺《おれ》がお婆さんに、いたずらをするから、見ておいで。」と言うのです。
私達はよせばよいのにと思いましたが、何しろ、十一二という悪戯盛《いたずらざか》りですから、一体吉公がどんな悪戯をするのか見ていたいという心持もあって、だまって吉公の後《あと》からついて行きました。
すると吉公はお婆さんの傍《そば》へつかつかと進んで行って、
「おい、お婆さん、納豆をおくれ。」と言いました。すると、お婆さんは口をもぐもぐさせながら、
「一銭の苞《つと》ですか、二銭の苞ですか。」と言いました。
「一銭のだい!」と吉公は叱《しか》るように言いました。お婆さんがおずおずと一銭の藁苞《わらづと》を出しかけると、吉公は、
「それは嫌《いや》だ。そっちの方をおくれ。」と、言いながら、いきなりお婆さんの手の中にある二銭の苞を、引ったくってしまいました。お婆さんは、可哀《かあい》そうに、眼が見えないものですから、一銭の苞の代りに、二銭の苞を取られたことに、気が付きません。吉公から、一銭受け取ると、
「はい、有難うございます」と、言いながら、又ヨボヨボ向うへ行ってしまいました。
吉公は、お婆さんから取った二銭の苞を、私達に見せびらかしながら、
「どうだい、一銭で二銭の苞を、まき上げてやったよ。」と、自分の悪戯を自慢するように言いました。一銭のお金で、二銭の物を取るのは、悪戯というよりも、もっといけない悪いことですが、その頃私達は、まだ何の考《かんがえ》もない子供でしたから、そんなに悪いことだとも思わず、吉公がうまく二銭の苞を、取ったことを、何かエライことをでもしたように、感心しました。
「うまくやったね。お婆さん何も知らないで、ハイ有難うございます、と言ったねえ、ハハハハ。」と、私が言いますと、みんなも声を揃《そろ》えて笑いました。
が、吉公は、お婆さんから、うまく二銭の納豆をまき上げたといっても、何も学校へ持って行って、喰《た》べるというのではありません。学校へ行くと、吉公は私達に、納豆を一|掴《つか》みずつ渡しながら、
「さあ、これから、戦《いくさ》ごっこをするのだ。この納豆が鉄砲丸《てっぽうだま》だよ。これのぶっつけこをするんだ。」と、言いました。私達は
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