たか、塁を棄てて退却した。
 始め、官軍は、一部隊をして、田原坂正面に屯せしめて正攻に出づるが如くに見せて、薩軍を欺いたのが成功したのである。既に本塁を我手に入れたのだが、田原口の部隊は、まだ之を知らずに、盛んに坂上を射撃する。喇叭で報じてもわからない。一少尉が塁上に上り、旗を振って叫んだので、漸く知ったと云う。
 丁度十時頃になって居たが、全軍直ちに追撃して、植木の営を衝いた。
 薩軍は、田原の険を恃《たの》んで、植木の営の警備を怠って居たので、輜重を収める暇もない。町に入り込んだ官軍は、民家に放火した。
 薩軍は総退却して向坂《さきさか》に入って、尾撃して来た官軍と対峙した。
 山鹿方面の薩軍は、田原敗ると聞いて、即日、鳥栖《とす》地方に退き、官軍の本営は、七本に移り進んだ。向坂対陣中、薩将、貴島清、中島健彦等が熊本隊を率いて官軍を急撃した事もあるが、大勢は既に決したのである。

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|百戦無[#レ]効《ひゃくせんこうなし》半歳間《はんさいのかん》
|首邱幸得[#レ]返[#二]家山[#一]《しゅきゅうさいわいにかざんにかえるをえたり》
|笑儂向[#レ]死《わらっ
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