てわれしにむかう》|如[#二]仙客[#一]《せんかくのごとし》
尽日洞中棋響閑《じんじつどうちゅうききょうかんたり》
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岩崎谷の洞壁に書き終って、筆を投じた隆盛が腹を切るまで、人吉、豊後口、宮崎、延岡、可愛嶽と激烈な転戦はあったが、田原坂の激戦は、西南戦争の最初にして、しかも最後の勝敗を決したものと云ってよいのである。
この戦に於て所謂《いわゆる》百姓兵の為すある事があり、徴兵制度の根本が確立したのである。
自分は、昭和五年に鹿児島へ行ったが、西郷隆盛以下薩軍の諸将の墓地が、壮大であるのに引きかえ、西南戦争当時の官軍の戦死者を埋葬した官軍墓地と云うのが、荒寥《こうりょう》としていたのは、西南戦争当時の薩摩の人心の情勢が今もなおほのかに残っている気がして、興味を感じた。
底本:「日本合戦譚」文春文庫、文藝春秋社
1987(昭和62)年2月10日第1刷発行
※底本では本文が「新字新仮名」引用文が「新字旧仮名」ですが、ルビは「新仮名」を共通して使用していると思われますので、ルビの拗音・促音は小書きにしました。
入力:網迫、大野晋、Juki
校正:土屋隆
2009年9月10日作成
青空文庫作成ファイル:
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