取らねえや。
浅太郎 兄い、あんまりそうでもなさそうじゃねえか。榛名の山越えじゃ、少々参っていたようだぜ。
九郎助 何をいってやがらあ。それあお前たちのことだろう。この頃の若いやつらはまだ修業が足りねえや。俺ら若い時にゃ、忠次の兄いと一緒に、信州から甲州へ旅人で、賭場から賭場をかせぎ回ったもんだ。その頃にあ、日に十里や二十里は朝飯前だったよ。
弥助 そうだったなあ、稲荷の兄いの若い時は豪勢なもんだった。今の忠次の親分だって、ばくち打の式作法はまあお前に教わったようなものだな。
浅太郎 ふうん。そうかなあ。式作法は稲荷の兄いに教わったかも知れねえが、あの度胸骨と腕っ節は、まさか教わりゃしねえだろうねえ。
九郎助 (ちょっと色をかえて)何だと、おつなことをいうなよ。
浅太郎 何にもおつなことはいいやしねえ。よくお前さんは昔は昔はというが、いくらいったって昔は昔さ。昔は親分より一枚上のばくち打だったか知らねえが、今じゃ盃をもらって子分になってりゃ、俺たちとは朋輩だ。あんまり昔のことを振回しなさんなよ。
(九郎助、黙る)
弥助 だが浅太郎、お前はな、いくら親分の気受けがいいからといって、あんまり年寄のことをつんけんいいなさんなよ。もう少し俺たちをいたわってくれたって、罰は当るめえ。
浅太郎 ふふん、いたわってくれか。笑わせやがらあ。
九郎助 野郎、何だと、何がどうしたと。
才助 おいおい、兄たちどうしたんだ。こんな時、仲間喧嘩をする時じゃねえじゃねえか。
浅太郎 だが、あんまり相手が年寄風を吹かすからだ。
九郎助 なあに、どちらがどちらだか、手前の方がよっぱど若い者風を吹かしゃがるじゃねえか。
弥助 まあ、いいじゃねえか。今に若い者が役に立つか年寄が役に立つか分かる時が来らあ。
才助 (ふと近づいて来る忠次を見つけ)やあ親分がお見えになったぜ。
(四人とも立上る。忠次、嘉助、喜蔵、牛松などの子分を伴って登場、小鬢《こびん》の所に傷痕のある浅黒い顔、少しやつれが見えるためいっそう凄みを見せている。関東縞の袷に脚絆草鞋で、鮫鞘の長脇差を佩《はい》し菅《すげ》の吹き下しの笠をかぶっている)
才助 親分お疲れでございましょう。
忠次 ううむ、心配するな。まだ五里十里は大丈夫歩けるぜ。
浅太郎 親分、こっちの方へおかけなさいませ。こっちの方が草がきれいですぜ。
忠次
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