の形を付けてみたりする。ようやく座敷に来る。障子を開けて、人はおらぬかと確かめた後静かにはいる。懐中から書抜きを取出す。
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藤十郎 (書抜きを読みながら形を付けてみる)かくなり果つるからは、たとい水火の苦しみも……。(工夫付かざるごとく、書抜きを投げ出して考え始める。立って女の手を取るごとき形をしてみる。また書抜きを開いてじっと見詰める)死出三|途《ず》の道なりとも、御身とならば厭わばこそ……(また絶望したるごとく、書抜きを投げ捨てて頭を抱えて沈思する。気を更えて立ち上り、無言にて動いてみる。工夫ついに付かざるごとく、後へ手を突いて座りながら、低い嘆息の言葉をもらす。とうとう工夫を一時中止したるごとく、床の間に置いてあった脇息を手を延ばして取り、それに右の肱をもたせながら、身を横にする)
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(しばらく何事もない。母屋の大広間で打っている鼓の音や、太鼓の音などが、微かに聞えてくる。藤十郎は、静かに目を閉じる。ふと廊下に人の足音が聞える。藤十郎は、ちょっと目を開き、また書抜きを顔に当て、寝た振りを
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