狂言ができねば、盗人の心得がのうては、盗人の狂言はできぬ訳合いじゃ。公卿衆になった心得がのうては、舞台の上で公卿衆にはなれぬ訳合いじゃ。埒もない沙汰じゃ。口性《くちさが》ない京童《きょうわらべ》の埒もない沙汰じゃ。そのような沙汰が伝わっては、藤十郎の身近にいる人様のお内儀に、どのような迷惑をかけようとも計られぬわ。かまえて、打ち消して下さりませ。
千寿 ほんに藤様がいわれる通りじゃ。
弥五七 さすがは藤十郎様じゃ。なるほどなあ。心得がのうては狂言ができぬとなれば、役者は上は摂政関白から下は下司下郎のはしまで、一度はなって見なければ役者にはなれぬはずじゃ。なるほどなあ。
手代風の男 (藤十郎の部屋から出て来て)それでは、失礼いたしますでござりまする。
藤十郎 御苦労でござりました。大尽様に、よう礼をいうて下さりませ。
[#ここから4字下げ]
(手代風の男丁稚とともに去る。幕の開くこといよいよ近くなりしと見え、道具方楽屋方等の往復繁くなる)
[#ここで字下げ終わり]
[#ここから改行天付き、折り返して1字下げ]
藤十郎 (千寿を顧みて)千寿どの。あの闇の中で、そなたと初めて手を取り合うとき
前へ 次へ
全28ページ中25ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング