、愈《いや》が上に、この狂言の人気を唆《そそ》った。
来る日も、来る日も、潮《うしお》のような見物が明け方から万太夫座の周囲に渦を巻いていた。
弥生の半ばであったろう。或朝、万太夫座の道具方が、楽屋の片隅《かたすみ》の梁《はり》に、縊《くび》れて死んだ中年の女を見出《みいだ》した。それは、紛れもなく宗清《むねせい》の女房お梶であった。お梶は、宗清とは屋続きの万太夫座に忍び入って、其処を最期の死場所と定めたのである。その死因に就《つい》ても、京童は色々に、口性《くちさが》ない噂を立てた。が誰人《たれ》も藤十郎の偽りの恋の相手が、貞淑の聞え高いお梶だとは思いも及ばなかった。
ただ、お梶の死を聴いた藤十郎は、雷に打たれたように色を易《か》えた。が彼は心の中《うち》で、
『藤十郎の芸の為には、一人や二人の女の命は』と、幾度も力強く繰り返した。が、そう繰り返してみたものの、彼の心に出来た目に見えぬ深手は、折にふれ、時にふれ彼を苛《さいな》まずにはいなかった。
お梶が、楽屋で縊れた事までが、万太夫座の人気を培《つちか》った。
お梶が、死んで以来、藤十郎の茂右衛門の芸は、愈々|冴《さ》えて
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