や歌妓や遊女などに、相対した時には、かつふつ懐《いだ》いた事のないような、不思議な物狂わしい情熱が、彼の心と身体とを、沸々燃やし始めたのである。

        八

 藤十郎の心にそうした、物狂わしい※[#「風にょう+炎」、第4水準2−92−35]風《ひょうふう》が起っていようとは、夢にも気付かないらしいお梶《かじ》は押入れから白絖《しろぬめ》の夜着《よぎ》を取出すと、藤十郎の背後に廻りながら、ふうわりと着せかけた。
 白鳥の胸毛か何かのように、暖い柔かい、夜着の感触を身体一面に味《あじわ》った時、藤十郎のお梶に対する異常な興奮は、危く爆発しようとした。が、彼の律義《りちぎ》な人格は、咄嗟《とっさ》に彼の慾情の妄動《もうどう》をきっぱりと、制し得たのである。藤十郎は、宗山清兵衛の事を考えた。また、貞淑と云う噂《うわさ》の高いお梶の事を考えた。そして自分が、今まで色事をしながらも、正しい道を踏み外《はず》さなかったと云う自分自身の誇を考えた。彼のお梶に対して懐いた嵐《あらし》のような激動は、忽《たちま》ち和《な》ぎ始めたのである。
 お梶は、平素《いつも》の通のお梶であった。彼女は夜
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