でも見るような下等な感じを与えました。
 心中があった楼《うち》の前には、所轄署の巡査が立っていたので、すぐそれと分かりました。
 僕が俥から降りたときには、裁判所を出るときに、持っていたような興奮も興味も残っていませんでした。
 その楼《うち》は、この通りに立ち並んでいる粗末な二階家の一つでした。入口を入ると、土間が京都風に奥の方へ通っていて、左の方には家人や娼妓たちの住んでいる部屋があり、右はすぐ箱梯子になっていて、客がそのまま二階へ上れるようになっているのです。
 心中の行われたのは、無論二階でした。僕が、警部の出迎えを受けて、この箱梯子を上ろうとしたとき、ふとその土間を中途で遮《さえぎ》っている浅黄色の暖簾の間から、じろじろ僕の顔を見ているこの家のお主婦《かみ》らしい女に、気が付いたのです。広い額際が抜け上って、目が無気味な光をもっている、一目見ると忘れられないような女でした。
 僕は、その梯子段を、かなり元気よく上ったのです。すると、先に上った警部は、上り詰めると、急に身体を右に避けるようにするのです。僕は、そんなことを気にしないで、かまわず上りきったのです。すると、梯子段を
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