か、誰が考えても分かることじゃないか』
こういって来ると、相手の若者は、返事に窮したように、黙ってしまったのでした。僕は、もう一息だと思いました。
『何も、こんなことは、別にお前にきかなくても、初めからちゃんと分かっていることなんだ。掛りの医者を連れて来ているのだから、大抵のことは、お前にきかなくても分かってるのだ。が、お前が本当のことをいう男であるか、お前に何か取りえがあるかどうかと思って、きいているのだぞ』
こういい詰めると、若者は苦しそうに、身を悶えていましたが、
『ああお役人さま。私は死にたいのです。どうぞ、私を殺して下さい!』
彼は悲鳴のように叫ぶと、切なそうに、啜《すす》り泣きを始めていました。
僕は若者を叱りつけるようにいいました。
『そんな気の弱いことでどうする。今が、お前の一生の中で、いちばん大事なときじゃないか。今までの間違っていたことを改めて、生れ変った人間として立派にやっていく、大事な潮時じゃないか、お前が、やったことが悪いとしたならば、死んだ人に対しても、社会に対しても、申しわけとして、相当な勤めを、立派に果して、生れ変って来るときじゃないか。こんな大切なときにウソを吐くようじゃ、お前はもう何の取りえもない、男子のなかの屑じゃないか。さあ、死にたいなどと、そんな気の弱いことをいわないで、潔く本当のことをいったらどうだ。短刀の柄の端を、少し持ち添えてやったとか、一緒に転ぶときに、少し押してやったとか。本当のことをいってみい!』
『夢中で、はっきりとは覚えていませんが、一緒に倒れるときに、私の手が喉のところへ行ったかも知れません』
若者は、とうとう本当のことを、喋《しゃべ》り始めたのです。僕の面に、得意な微笑が浮ぶのをどうすることもできませんでした。
『なるほどな、が、お前も自分でやったことが分からんはずはないだろう、いや、お前はよう分かったつもりでいっているのだろうが、普通に考えると、どうもよく分からん。お前の肚《はら》になってみれば、よく分かるが、普通に分かるようにいってみんか。が、嘘をいえというのじゃないぞ』
若者は、しばらく無言でしたが、ようやく決心したように、
『よう考えてみると、あれが自分で突き刺して、非常に苦しがっていたものですから、あれの上から、のっかかって、短刀の柄の残っているところを、持ってやりました。一緒にきゅ
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