子は、自分の小さい洋傘《アンブレラ》をつぼめると、美沢の手にすがって来た。
 小柄で、まだ子供子供している上に、愛らしくはあるが、色っぽくはないので、そんなに近々と身を寄せられても、てれくさくないばかりか、肩に手をかけて歩いても、恥しくないほど、時々と愉快である。
「美沢さん、家へ送って下さるんでしょう?」
「そうね。遅くなったからな……」
 新子に会えば、この上遅くなるし、それに新子の家では、姉妹《きょうだい》達がいて、思ったことも話せないし……と美沢は考えた。
「ウソつき!」水だまりをよけながら、美沢の肘《ひじ》に、すがっていた美和子の手に重みが加わった。
「あした、八時から練習があるんですよ。明後日《あさって》放送だもんだから……」
「あなた先生よしたの本当?」美和子はまだ半信半疑であったらしかった。
「本当ですとも。」
「いいわね。私、大賛成だわ。美沢さんは、天分があるんですってね。」お世辞ではあろうが、新子の手紙よりはズーッとうれしかった。
 二人は、バスの停留場に出ていた。
「これから、銀座へ出ても、もうお店起きてないかしら?」
「まだ大丈夫ですよ。」
「ねえ、美沢さん。一
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