した後、このほど思い切って、好きなヴァイオリンの試験《テスト》を受けて、新音楽協会の練習所員となった。
初給は四十五円。教師のときよりも、ズーッとわるかった。新子に結婚の申込などする勇気はいよいよなくなった。しかし、公演もあり、放送もあり、技を磨くには絶好の職業であった。芸術家としてのかれの人生の曙光《しょこう》は見えた。
新子には、職業替えをしたについて、すぐ手紙を出した。新子からの返事の中に、
練習所の方が気分がよろしいとのこと、結構ですわ。でも、月給は安いんでしょう、貴君《あなた》は、自尊心がありすぎるから、蔭ながら心配していますわ。でも、生活の問題なんて、芸術家の貴君には、下らないことなんでしょう。……私は、この頃だんだん愛嬌者になって行きますわ。……
というような言葉があった。
かれは考えさせられたり、何だか腹が立ったりして、そのままになっていた。
三
新子は、彼女の愛人のことについてなど、一切妹に喋らなかったから、美和子は、彼が先生を廃《よ》したのを知らなかったのである。だから、新音楽協会の人といわれて、まごついたのである。
それに、美和子
前へ
次へ
全429ページ中32ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング