、路子は立ち上って奥に入った。
新子は、ひとりとり残されて、路子の云う義姉《あね》のことを考えていた。
すると、一度しか会ったことのない前川夫人の面影が、おぼろげに頭の中に、浮び上って来る。
きかぬ気らしい張りのある眼や、唇元《くちもと》や、背の高い、つんとした貴族的な態度までが、路子の言葉を裏づけているような気さえした。
そして、家庭教師などいう仕事も、決して生やさしいものではないとつくづく思った。
二
そんなことを考えながら、新子が豊かに生い繁った庭の樹立に、眼を移してしばらくぼんやりしているときだった。
扉が、つつましく滑らかに開いて、人かげがした。新子が、ハッと視線を上げると、思いがけなくも、路子の兄の準之助氏が、独り落ちつき払った愛想のいい物腰で、部屋の中へはいって来た。
新子が、あわてて立ち上ろうとすると、
「いや、どうぞそのままで……」と、気持のいい潤いのある、男らしい中低音《バリトン》がそれをさえぎった。
でも、新子は立ち上って、意味もない微笑と笑顔で、初対面の挨拶をすませると、準之助氏は、椅子をちょっとずらせて、新子の真向いに腰をお
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