樹が茂り合っていて、太い幹に、山葡萄やあけび[#「あけび」に傍点]の蔓《つる》が、様々な怪奇な姿態でからみつき、路傍の熊笹や雑草も延びほうだいに延びている。と、ザッザッと異様な音がしたので、新子がドキッとして、思わず準之助氏の方へ肩を寄せると、径《こみち》のすぐ傍から、一羽の雉子《きじ》が飛び出した。雉子の方でも、驚いたらしく、バタバタとたちまち、繁みの奥へ低く飛んでかくれた。
「まあ! 雉子なんでしょうか。」新子の声が、思わず明るくはずんで、巧まぬ媚《こび》を含んでいた。
「雉子ですよ。この辺には、雉子や山鳥が時々いますよ。僕達の散歩を歓迎してくれたのでしょう。心憎き雉子ですよ。」
「いっそ、飛び出すなら、傘を持って来てくれると、よかったのに。もう、引き返したら、よろしいのじゃないでしょうか。何だか、夕立になりそうでございますわ。」新子も、少しふざけながらいった。
「はははは。でも雉子の貸してくれる傘なら、山蕗《やまぶき》の葉かなんかで、軽井沢の夕立の役には立ちませんよ。夕立になるのかな。」と、不安そうに、樹の間をすかして空を眺めた準之助氏の顔にサッと一陣の風が吹き降して来た。樹々の
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