容子《ようす》があるので、美和子はいたく心を動かされた。
ぼんやりしているよし子や妙子の側《そば》へ行くと、
「貴女《あなた》達、気にかけないで、お客さんの方よろしくね。レコードをかけて、大いに騒いでいてね。前川さんが来たら……」と、云いさして、小ざかしくも頭をかしげて物思いながら、
「あんまり、二階の話が長いようなら、私容子を見に行くかも知れないから、その後にもし前川さんが来たら、ちょっと取りこんでいるから、資生堂へ行っているように、話してくれない、ね……」
と、云うと自分も、奥へはいり階段の下から、二番目のところまで昇って上の容子いかにと聞耳を立てるのであった。
新子が、自分の部屋へはいると、夫人は新子のベッドの端に腰をかけながら、皮肉な微笑を浮べて、新子を迎えた。新子が、また落着きを失って、ションボリとその前に立つと、
「ほほほほ。南條さん、しばらく。私が、いきなり来たので、随分驚いていらっしゃるらしいわねえ。でも、私の方だって随分びっくりしていますのよ。私、偶然、貴女のお姉さまとお友達になって、貴女がバーなどに、勤めていらっしゃるって聞いたんで、びっくりしましたの。貴女のようなインテリ女性が、こんな商売をなさるの、勿体《もったい》ない気がしましたの。そして、酒場《バー》へは主人がお世話したという話でしたけれど、まさかと思っていました。でも、ここへ来て、私驚いてしまいましたわ。この家は、たしかに主人が出した店ですわね。私が見覚えのある装飾品だって、三、四点あるんですもの……」と、征服者のように笑いながら、「新子さん、貴女、お腹ン中で、私のウカツさを笑ってらしったでしょう。」と、云った。
二
こんなことで、取り乱しては、自分の品位に拘《かかわ》るとでも思っているのだろうか、態度だけは、あくまでも冷静に、言葉も針のように鋭く、
「まさか、貴女もこのお店と、主人とが何の関係もないなんて、おっしゃらないでしょうね。家具の好み、装飾の好み、これはたしかに前川ですよ。色の調子なんか、私の家の主人の部屋と、そっくりですもの。」
新子が、良心的である以上、今更そうした断定に抗することは、出来なかった。
夫人は、最初の前提をしっかり定めるべく、
「この店を前川が出したことを貴女否定なさらないでしょう?」
「………」
だまってはいたが、不覚にもかすかに、うなずいた。
「貴女だって、悪人じゃないんでしょうから、こんな見えすいたことまで、かくしはなさらないわけね。じゃ、お訊きするわ……」と、夫人はさも軽蔑したような調子に変り、「私と主人との間には、今までは何の秘密もなかったんですのに、私に全然|内証《ないしょ》で、主人が貴女の世話をしているなんて……。一体、貴女は主人の何なんですの!」と、冷静を装っている夫人の眼も、さすがに光った。新子は、懸命な努力で、
「前川さんと私、何でもございません。ただご親切にいって下さるもんですから、この店で勤めさせて頂いているだけですの……」と、いった。
「そう! じゃ、貴女は雇人ですの。でも、雇人の貴女が、、こんなハイカラなべッドや、立派な鏡台を持っているんですの……」と、夫人はまず、鋭い皮肉を浴せておいてから、「南條さん、貴女は、口では綺麗なことばかりおっしゃるけれど、貴女と私達一家とは軽井沢でご縁が切れているはずでしょう。それだのに、なぜ主人と交渉を……しかも並々ならぬ交渉をお持ちになっているんですか。しかも、妻たる私に、内証に。それが、私には不可解なのですよ。貴女が、最初から私と、何の面識もない、どっかの職業女性《プロフェッショナル》なら、こりゃ私《わたし》文句は云いませんわ。ところが貴女は、かりにも、半月なり一月なり同じ家にいて、私と朝夕顔を見合わせた関係でありながら、私に内証で、前川と特別の関係をお持ちになる。主人が貴女を再び呼んだのか貴女が主人を呼び出したのかどうか知りませんけれど、一切私に秘密に、こんないかがわしい店に、貴女がいて、毎晩主人と会っていらっしゃる。そういうことはかりそめにも、教育のある淑女のなさることでしょうか。貴女自身|可笑《おか》しいとお考えにならないのですか。そんなことをなさっては、貴女を立派な淑女として、私の家へ紹介した路子さんに、申し訳がないとは、思わないのですか……」
三
層々と畳みかけて来る夫人の、一言一言|剣《つるぎ》を並べたような鋭い侮辱に、新子は完膚なきまでに斬り苛まれながらも、返すべき言葉は見当らず、ただじっとこらえる全身の口惜《くや》しさに、指先が烈しく震えて来るのであった。
夫人は、新子が自分の言葉に、打ちひしがれて返事も出来ぬ容子に、有頂天になり、口で与え得るかぎり、あらゆる侮辱を与えて、二度と再
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