こんな水商売を始めてみると、新子もいつの間にか、御幣《ごへい》かつぎになっていた。自分が六白星だから、七赤、八白、二黒《じこく》の日は吉で九紫、三碧、四緑《しろく》の日は凶であるなどと、朝刊の九星を気にしたり、カードのペーシェンスが、一度でパッと揃えば、吉。そろっても、スペードからでは凶、揃わないときは大凶などと、独りでその日の客足を占ってみる習慣が、ついていた。
 トランプは、幸先よく揃いそうであったが、中途でつまって、結局うまく行かなかった。
 もう一度と、思い切り悪く、カードをまぜていると、
「いらっしゃいまし――」と、いうよし子の挨拶を聞いて、新子は何と云うことなしに、立ち上って、衝立《スクリーン》の陰にちょっと身を隠して、客の方を見た。
 客は、たった一人でてれくさそうに、部屋の中を見廻して、なかなか席に着こうとはしない。
「君達二人ぎり?」と、少女達に、話しかけるその声で、新子はハッとなった。軽井沢で、前川夫人の遊び友達として、知り合った木賀子爵ではないか。客が、もう一足進めば、すぐ顔を見られる衝立の陰なので、新子は急に悪寒《おかん》が、胸に上って来た。
「落着いたいい酒場だな。」
 客は、無遠慮に、部屋中を見廻しているので、少女達も、モジモジしているばかりである。
 相手は、前川とは、それほど懇意でなく、夫人の親しい友達であってみれば、顔を見られぬに越したことがないと思い、木賀が、やっと席につき、煙草を取り出して、うつむいたわずかな隙にサッと衝立の陰をのがれ、バー・スタンドの脇をくぐって、二階の居間に駈け上った。
 しかし間もなく、よし子が二階へ追ってきて、
「ねえ、あの方マダムをご存じの方らしいの。会いたいとおっしゃるのよ。」と、扉口に来て呼んだ。

        五

 木賀などには、今の場合一番来てもらいたくなかった。いっそ頑張って、会うまいかと思ったが、もし偶然来たものだとすれば、会わない方がかえって前川夫人にすぐ注進されることになりそうなので、新子は胸をとどろかし、顔を赤くしながら、やっと階下《した》へ降りて来た。
「やア、しばらく。」木賀は、案外気がるに、やさしい調子で挨拶をした。
「しばらく、どなたにお聞きになりましたの?」と、新子はさし向いに、腰をおろしながら、探るように尋ねた。
「いや、だれにも聞きやしません。」木賀は愉快そうに、首を振った。
「じゃ、私がここにいること、どうしてお知りになりましたの。」と、重ねて訊ねると、
「そりゃア知れますよ。」と、木賀は事もなげだった。
「でも……」と、不安そうな表情を、正直にさらけ出すと、
「こんなところで、新しい酒場《バー》を出せば、すぐ僕に分りますよ。」
「だって、私が居りますのが……」
「そりゃ、僕の六感。」と、木賀は、いよいよ事もなげに笑った。新子も笑いながら、
「こわい六感ですわねえ。私、貴君《あなた》がはいっていらしったのを見てびっくりしましたの。」と、受けながら、新子の気持はやや落着いた。
「いくら、びっくりしても、あんなに颯爽《さっそう》と、お逃げにならなくっても、いいじゃありませんか。あれで、貴女だということが、いよいよ分った……」
「まあ、颯爽と……」妙な比喩《ひゆ》に新子も笑った。
「貴女が、銀座に出たという噂だけは、聞いたんですよ。それ以来貴女を探していたのですよ。でも、ここだろうと睨《にら》んだのは、僕の直感だったのですよ。」
「私が、銀座に出ているなんて噂、どなたから、お聞きになりましたの……」新子は、また不安になった。
「それは、貴女の六感に委せる。多分、当る!」
「まあ!」
(前川さんにですか、それとも奥さんからですか)と、訊き返そうとしたが、それは相手が前川と自分の関係を知らない場合は、藪蛇になるので、新子は咽喉《のど》まで出た言葉を、噛み殺した。
「とにかく、貴女が酒場《バー》のマダムになったのは、大賛成だ。ロマンチックで、いいですな。僕は、軽井沢で、貴女と話をした味が、忘れられないんですよ。――カクテル、辛いのをね。一つ、貴女のとこのバーテンダーの腕前を拝見しましょう。」
 木賀は、新子の心の一抹の不安を外《よそ》に、他意なく微笑んだ。
 新子も、ひやっとした気持が、まだ胸には残っているものの、とにかく闊達《かったつ》な若者に対する自然な気安さで、立ち上ってバーテンダーのところへ行った。

        六

 銀盆に落花生とカクテルとを載せて、運んで行くと、
「貴女は?」と、問われて、
「いけないんですの。」と、云うと、
「そりゃ、つまんない!」と、云いながらも、酒ずきらしく、唇を細めて盃を嘗《な》めるように、
「こりゃ、相当なもんですな。こんないいバーテンを、どこでお見つけになったんですか。店の装飾と云い
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