ていると、
「お姉さまア!」と、呼びかけながら、たちまち階段を上って来る騒々しい足音がした。その足音を聞いている内に、新子の胸の中には、自分でも思いがけないほどの激しい憤《いきどお》りを、妹に対して初めて感じた。
「お姉様!」扉《ドア》の外で、もう一度呼んだ。
「何をして、いらっしゃるの?」と、云いながら、美和子が姿を現した。新子は、なお顔をそむけたままで黙っていた。
「前川さんも、さっきから見えているのよ。知っていらっしゃるんでしょう。皆さん、お待ちかねだわ。」美和子が、口を利けばきくほど、それだけ鬱然と新子は、この妹が憎くなった。
努めて、静かに、しかし冷やかに、
「貴女、お家へ帰ってくれたらどう――もう、ここへ来てほしくないのよ。私は……」といった。
美和子も、さすがに、姉の厳しい様子に、ちょっと目を迯《そ》らすようにして、真面目な表情をしたが、すぐに不貞腐《ふてくさ》れて、白々しく、
「へえ――。美沢さんとの喧嘩の、飛ばっちりが、わたしに来るの? 迷惑だわ。」と、いった。
新子は、自分が男だったら、何か手ひどい一言をいって、部屋の外へ突き出したい衝動を感じた。
「お姉様が、帰れといったって、階下《した》のお客様達は、みんな美和子びいき[#「びいき」に傍点]だわ。」美和子は、そんなことまでいった。
言語道断な気がして、新子が蒼白い顔で、グッと黙りつづけているので、美和子も仕方がなく、
「降りていらっしゃらないのならいいわ。その代りに、前川さん、お帰りになっても知らないわよ。」
黙っている新子にも、気になるにくらしい捨台詞《すてぜりふ》を残して、サッサと下へ降りてしまった。階段の中途からは、はやいつも口ずさむ小唄になり、わざと最後の二、三段は飛び降りたらしい騒々しさと、自分のことを何かおどけて報告したらしく、階下のお客達の笑う声や、美和子の甲高い声がきこえて来た。新子は、身内の慄《ふる》えるような口惜《くや》しさを感じた。美和子など、もう妹とは考えまいと思った。姉の幸福なら、どんなものでも、立ち入って来て自分も味わわねば承知せず、しかもそれを制せんとする姉の手を、チクチクと針で刺す――奇怪な動物のようにさえ感ぜられた。新子は口おしさといきどおらしさで、涙が流れ出すと、たちまち糸の切れた珠数《じゅず》のように止め度なく落ちた。
五
泣いている内に、頭が熱して来て、終《しまい》には、悲しさも口惜しさもなく、ただ無暗《むやみ》と涙が出て来た。自分でも、こうしていては、止め度がないと思ったので、気を転じるために、階下《した》へ降りて行ってみようかと思いながら、一時涙を納めてみたが、頭の芯がポーッとしているし、こんな気持では、誰の話相手にもなれないと思ったので、(もう、階下へ行くのは止そう)と、新子は、狂的に頭を振りながら、また泣けそうになっていた。
三十分も経ってから、やっと涙を納めて、考えると、いつか美沢のことは忘れて、階下にいる前川の姿だけが、大きく心の中に浮んでいた。
こんなに、自分が降りて行かないのに、前川さんは、何かの方法で、自分のことを訊ねてくれてもいいのにといったような、甘えたような怨《うら》みっぽい気持で、また涙が出そうになった。
それとも、前川さんは、もう帰ってしまったのかしら、そうとすれば少し薄情な、と思った。
美和子が、つまらないことを云って、前川が気を悪くして、帰ったのではあるまいかと思うと、不安な気がして、容子を見に降りて行こうかと思うのだったが、しかし美和子の声がきこえて来ると、また降りて行くのが、いやになった。
子供に返ったような、新子自身にも、どうにもならない気持だった。
しかし、ともかくも、顔を直そうと、鏡台の前に腰をおろした。重い椿の花片《はなびら》のように、眸が泣き腫《は》れて、すべすべしていた。
そのとき、いきなりノックの音がしたので、新子は、ハッと我に返った。
足音も、気配も、感じなかったのに、……もう一度ノックが続いた。
(前川さんだろうか。こんな顔しているのに、困るわ)と、思いながら、しかし嬉しくてたまらなかった。
(おはいり下さい!)と云おうと思ったが、もしも美和子であったら、シャクだと思ったので、立って行って、扉《ドア》を開けると同時に、
「どうなさったんですか。」と不安そうに訊かれて、新子はやっと微笑しながら、かぶりを振った。涙でよごれた顔もかまわず、むけながら、
「お帰りにならなかったんですの?」と、云った。
「帰れますか。心配で……しかし、ほかに客がいるのに、僕が上って来たら、可笑《おか》しいので、苛々《いらいら》しながら、下で待っていたんですよ。」と、云いながら、新子の傍へ坐ろうとするので、新子はあわてて片隅に片づけてあった椅
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