つい皮肉な怨言《えんげん》を云ってしまった。
「それは……」
 何か適当な弁解をしようと思ったが、結局前川との微妙な関係は、とうてい美沢には理解してはもらえそうもないので、
「つまりバーなんかに出るようなことになったことを云ったのですけれども、私別に前川さんに、ヘンな意味でお世話になんかなっていませんわ。」と、答えながらも、新子の声は心持ふるえていた。美沢は、すぐもろく折れて、
「いや、こんな質問は、僕としては余計なことでした……大変失礼しました。しかし、貴女がもう、以前のお心持に還《かえ》って下されないことだけは、僕に分ったような気がします。……そういう風に考えてもいいんでしょうね。」
 これは、美沢としては、最後の質問だった。
 しかし、新子の唇は、かすかに動いただけで、言葉は出なかった。
 美沢は、新子の心の奥が、のぞかれたような気がして、索然としてしまった。
 こんなに緊張した空気の中へ、いつ戸外からはいって来たのか、美和子が、
「あら、真暗ね!」と、扉口で、電燈のスイッチを押そうとしている声がした。新子はハッとなって、にじみ出ていた涙をかくした。
 いつか夕闇が迫って、部屋の中は物の文色《あやめ》も分らないほど暗くなっているのを、二人とも気がつかなかったのである。電燈の光は、ボックスにさし向いになっている二人の姿を、美和子の前に、ありありと照し出した。
「まあ! 駭《おどろ》いた、美沢さんとお姉さまなの! まだお客さま、誰も来ないの。」
「………」新子は、妹の言葉など、耳にはいらなかった。
 美和子とても、さすがにその場の空気に馴染みがたいものを感じて、少々鼻じろんだような表情であったが、すぐ美沢の脇へ腰を降して、涙の跡の歴々《ありあり》と見える、姉の顔を見やりながら、
「二人で美和子の悪口を云っていたの?」と、二人の気持を救い、併せて闖入《ちんにゅう》して来た自分の気持も救おうという、よく考えた、さりげない言葉であった。
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  歩み寄る心




        一

 しかし、姉も美沢も、そんなことは縁が遠いと云うように、笑いもしなければ、美和子を見ようともしなかった。美和子も、取りつく島がなく、マッチを卓子《テーブル》の上で、カタカタと、弄《もてあそ》びながら、急に大人っぽい片頬笑いを浮べると、
「美沢さん。この間|中《じゅう》から、姉さんと三人で、話をしたいって云ってらしったんだから、ちょうどいいわ。ねえ、いい機会だわ。あたし痩我慢ってことが、一番きらいだわ。あたし、潔《いさぎよ》く退却するわ。お姉様達二人で、仲直りなさいよ。」
 年も行かぬ、打見《うちみ》には子供らしい美和子だったが、その笑い方と云い、言葉と云い、涙ぐんで、ゴタゴタ云っている美沢や姉を憫笑《びんしょう》し、しらじらしく眺めているというような、底知れない大胆さが含まれていた。
「美沢さんもお姉さまが思い切れないし、お姉様だって、痩我慢で超然として、いらっしゃるなんて、可笑《おか》しいわ。美和子如き問題じゃないわ。バツが悪かったり、つまらない意地を張ってるなら、美和子が握手さしたげる……」と、顎にかかっている美沢の手を、いきなり左の手で掴みかかるのを、美沢はかるくふり払うと、それをキッカケのように立ち上ってしまった。
 美沢の態度が、唐突《とうとつ》だったので、新子もハッとなって立ち上った。
「さよなら、美和子さん、僕は君とはもう会わないよ。いいだろう。それから、新子さん、貴女とも、もう会う必要はありませんね。」
 美沢の顔は、能面のように、無表情であった。
「いいわ。結構よ。」美和子は、亢然《こうぜん》と、それに答えると、一散に奥へ走って行った。
 新子は引き止める口実もなく、何もいうこともないのに、このまま別れるのが、何となく悲しく、別れるにしても、お互に心をいたわりながら別れたいと思うと、今五分でも十分でも、話がしたく、ズンズン扉口の方へ歩き去る美沢の後を追うて、横飛《よこっと》びに戸外へ飛び出すと、男の足早く、もう五、六間も歩き去っていた。
「美沢さん! 美沢さん!」四辺《あたり》を気がねしながら、呼んでみたが、美沢は痩せた肩を、聳《そび》やかしながら、後もふり返らず歩きつづけた。
「ちょっと! ちょっと!」新子も、小走りに後を追いかけたが、美沢はそこの四つ角へ出ると、駐車場の円タクの一つに、相場も定《き》めず、
「まあ!」と、駭《おどろ》く新子を尻目に、飛び乗ってしまった。

        二

 美和子は、姉と美沢とが、前後して戸外へ飛び出してしまうと、美沢とこのまま別れてしまうことが、何となく劇的で、かえって胸の轟くような亢奮《こうふん》を覚えて、彼女らしく激しい音楽が聴きたくなった。彼女は、エレクトロラの蓋を払
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