のくらいお客様を連れてくれば、大したものでしょう。みんなお酒飲みを集めたのよ。それに、勘定少し高く取っても大丈夫よ。特に、この人はねえ……」と、美和子は、背の高い、眼鏡をかけている青年の肩に、馴々と手をかけて、
「大村さんという、大ブルジョアなの。」と、無遠慮に云うので、初めてバーのマダムの如く、愛想のよい笑いを浮べながらも、心の中では……妹がこんなに誰彼なしに、媚態を見せても大丈夫なのかしらと、恨みを忘れて、美沢のためにハラハラするのであった。
 皆が、お店の一角に、席を占めると、美和子はビクトロラの傍に飛んで行って、レコード・ボックスから、「ボレロ」を取り出してかけた。店の中は急にロマンチックな気分になり、新子までが妹の大胆な言動に、辟易《へきえき》しながら、やはり楽しい気持になって行った。男達の前には、ビールが、美和子と相川さんの前には、バーテンの創案の、アルコール分の少いアヴェック・モア・カクテールが運ばれた。
「美和ちゃんのお姉さんのために、チェリオ!」青年の一人が、そう云って、みんなが一斉に盃を拳げた。
「美和子のためにも、チェリオ!」美和子は、自分で盃をあげた。
「美和子ちゃんも、何かお祝いすることがあるのかい。」と、青年の一人が云った。
「大有りさ。美和子、今に結婚するかもしれないのよ。」
「おや。誰とさ。」
「誰とだって、いいじゃないか。今に分るさ。」美和子は、男の子のような口をきいていた。
 だんだん客が、立てこんで来た。
 八時近く前川が、友達二人と、客のようにすまして、はいって来た。そして、音楽や、若々しい笑い声や、酒の香りに、濁りかすみながら、陽気な空気の渦巻いている容子に、満悦しながら、美和子達のグループのすぐ隣に、腰をおろした。
 新子は、前川がはいって来たのを、目ざとく見つけたが、ちょうど他の客に、サービスしていたし、よし子も妙子も、物を運んでいたので、誰もすぐには註文を訊きに行かなかった。
 それを知ると、美和子は、お友達に、
「美和子の女給《ウェイトレス》ぶりを、ちょっと見せるわよ。」と耳語すると、たちまち自分の座席から立ち上って、前川の卓子《テーブル》に行き、
「いらっしゃいませ。何をお持ちしましょうか?」と、訊いた。
「ウィスキイ。オールド・パーがいいね。」
「皆さん?」
「ああ。」
 前川は、こんな可愛い少女を、いつの間に新子が見つけたのだろうと、驚きながら答えた。

        四

(ああ)と応じた前川の言葉に、人言《ひとこと》を真似る鳥のように、美和子も、
「ああ。」短く同じように領いて、ジッと見ていたが、いきなり親しげに眸を輝かせると、
「分ったわ。貴君《あなた》ですのね。」と、云った。前川は驚いて、首をかしげ、
「貴君ですのねって、何です?」訊き返した。
「いいの。いいの。何でもないの。」と、女学生風な親しげな物云いを残して、バー・スタンドの方へかけて行ってしまった。
「可愛い子ですね。少し酔っていますね。」
「そうだね。」前川の連れは、そんなことを呟き合っていた。
 新子は、前川がどんな種類の友達と一しょに来ているか分らないし、――もっとも、ここへ来る以上、自分が挨拶に行って構わないだろうけれど、なるべくなら、普通の客のように扱うのがいいだろうと、いつの間にか日陰の女がするような心配を、している自分が、淋しく思われた。それにしても、帝劇で前川をチラリと見て知っているはずの美和子が、連れも構わず、下らないことを云い出しはしないかと不安になった。
 美和子は、バーテンに前川の註文を通すと、姉の傍に飛んで来て、耳の後《うしろ》で、
「お姉さまのあの人来ているわよ。」と、いや[#「いや」に傍点]な云い方をするのを、
「何を云ってるの。貴女《あなた》、お連れがあるから、つまらないこと云っちゃダメよ。」と、たしなめると、
「心得ていてよ、私、妹だとも云わないわねえ。女給のような顔しているわよ。ステキ、ステキ!」新子が、重ねて注意をしようと思う間に、美和子はもう、バーテンからウィスキイの壜とリキュールと落花生とをのせた銀盆を、すまして前川の席へ運んで行った。
 このような、男性を相手の「酒場」になぞ持って来ると、美和子はいよいよ天成のコケットだった。幼い時から、お伽話と実際の差別がつかなかったり、人前に立ってワイワイもてはやされると、いよいよ有頂天になる性質は、たちまちその本領を発揮して、人に対する奉仕というようなものでなく、彼女自身がその空気の中に溶け込んで、浮《うか》れ出してしまうのであった。彼女の楽しさが即ち男を喜ばす言葉や仕草となって現われるのであった。前川が新子の妹だとは、到底気がつかないほど、彼女の女給ぶりは板に付いていた。
「君幾つ!」
「十八……」
「何て云うの――」
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