に傍点]の鉢植の蔭で、チラチラ動いていた。よくも短日月の内に、こんな変装が出来るものだと思われた。
 滑るような床張りの中央に、古物らしいイタリイ製の水盤が置かれて、低いゆったりしたソファに椅子が、木製の美術的な小卓をかこんで巧みに配置され、白い壁にとりつけてある目を楽しませるだけの飾棚や、壁にかかっている見事な織物や金属製の飾物、どの一つにも豊かな詩趣と、驚くばかりの贅《ぜい》が、こらされていた。つき当りのスタンドの上の壁の、水彩画の中に、スワンが二羽、長い頸を延ばしていた。
「バー・スワン」準之助の明るい気持が、新子の眼の前に躍り出した。
「バーテンの後《うしろ》から、二階のお部屋へ行かれますよ。」大工の棟梁らしい男が新子に話しかけた。
 バー・スタンドの後に、四畳半の部屋があり、そこから二階へ行く狭い階段がある。上って行くと、こぢんまりした一室が、居心地よく装飾され、スプリングの心地よいソファ・ベッドや、三面鏡や、簡単な衣裳箪笥が置かれていた。その行き届いた快さに、新子は茫然として立っていた。

        六

 その時階下から、
「新子さん、二階ですか。」と、久しぶりに聞く、なつかしい準之助の声がした。
「はア。下へ参ります。」いそいそと、思わず声も動作も、弾み上って、親しさと感謝で、明るく相好を崩した新子が、階段をかけ降りて、店の間《ま》に立っている準之助の側《そば》へ、近々と寄った。
「しばらく。どうです、少しはお気に召しましたか。」
「まあ、こんなに何から何まで、して頂いて……相すみません、軽井沢からは、いつお帰りになりました?」
「四、五日前ですよ。毎日ここへ寄っていたんですが、すっかり仕上ってからと思って、お電話しなかったんです。」
 イの一番のお客のように、二人は卓をはさんで、ソファに腰をおろした。準之助は大工に、
「電話は、やっぱり奥の方がいいね。四畳半の上り口の壁にとりつけてもらいたい。」
「へえ――。板だけでも、とりつけておきましょう。」
「まあ、電話まで……」新子は、包みきれぬうれしさで、笑顔でうつむいていた。下手なお礼をいうより、黙っていたかった。(大恩は謝せず)という古語がある。こんなに何から何まで、してもらっては、(ありがとう)などいう言葉を、何百遍くりかえしても足りないと、新子は思った。
「バーテンダーは、頼んでおきましたよ。フランスにしばらくいた男で、カクテルには、自慢の腕を持っています。偏屈ですけれど、人間はごく正直な男ですから、洋酒の仕入れなど、一切|委《まか》せたらいいでしょう。貴女は、カウンターをやって、女給《ウェイトレス》は気持のいい少女を二人くらい傭ったらどうですか。」
「はア。」
「開業も、縁起のよい日がいいと思って、そんなことをよく知っている人に聞いたんですが、貴女は六白だから、今月は縁談金談はいいんです。十二日が大安でしたけれど、貴女の年には凶の日で、二十日の先勝がいいんですって……」
「まあ……そんなこと、お気になさいますの?」
「ははははあ。こういう水商売は、縁起をかついだ方が、いいのじゃありませんか。」準之助は、首をすくめて笑った。
「警察への届けなどは、こちらでやります。貴女は、明日でも新聞に広告して、貴女の気に入るような女給《ウェイトレス》を見つけて下さい。」
「はい。」新子は、長い言葉が出ないのであった。
「貴女、よくご覧になって足りないところがあったら、遠慮なく云って下さい。バーテンダーになる鈴木という男に万事頼んでおきましたから、大抵大丈夫でしょうけれど……表の看板のネオン・ライトは薄紫がよくはありませんか。」
「はア……」新子は、危うく涙になりかけるほど、有頂天な嬉しさに浸っていた。
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  義勇女給




        一

 もう、母や姉妹《きょうだい》に、少くとも母には、だまっているわけには行かなかった。
 しかし、故《わけ》もないのに、前川氏に立派な店を持たしてもらったといったら、母は理解できずに、不安に思うだろうし、わがままな姉は、またいい気になって、前川氏にどんなことを頼むか分らないと思ったから、ただ前川氏に頼まれて「店の監督」になったといっておけばいいと思った。
 綾子夫人も、とっくに帰京しているので、前川氏は妻の手前早く帰ってしまったので、新子も家へ帰ったのは、七時半頃だった。母一人のところで話せばいいものを、新しい生活に入る嬉しさは、おさえ切れず、つい美和子の居るところで、話してしまった。
「まあ、その酒場《バー》、前川さんが、おやりになるの?」と、美和子が訊いた。
「ええ、お道楽でおやりになるんですって。」
「素敵なんでしょうね。」
「ええ、とても気持のいい家よ。」
「新聞広告なんかしたって、なかなか美人なんて
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