に、つけっぱなしの電燈の下に、蚊帳《かや》は広々と、美和子の寝床は空《から》であった。新子も、反感めいた気持で、空っぽの寝床に背を向けて、今夜は美和子の帰らない内に、どうでも寝つこうとし、寝つくために、何か下らない古雑誌でも読もうと、床を這《は》い出して、机の前にいざり寄ると、階下からしのびやかに、母が上って来る足音がした。
「おや、起きてるのかい。」と、近寄って来て、小声で、
「ねえ。どうしたんだろう美和子は。遅いったって、こんなことは今までにないんだけれど……」不安げに云った。
「大丈夫ですよ。」美和子のことなんか、誰が心配してやるものかと思った。
「だって、もう一時になるのよ。」新子には、連れが美沢だと判っているだけに、心配する気にはなれなかった。
「相川さんのところにでも行って、泊ってしまったんでしょう。」母への気安めを云った。
「だって、お友達は、みんな避暑に行ったと云って、こぼしていたんだが……」
「じゃ、避暑地へでも誘われたんじゃない。今日、出がけに、お小づかいを欲しがっていましたもの……」
「そうかしら。こんなに遅くなっちゃ、心当りへ電話をかけるわけにも行かないし……明日帰って来たら、よく訊き質《ただ》して叱ってやっておくれ。私の云うことはバカにしてちっとも聴かないんだから……」母親は、なおクドクドこぼしながら、階下《した》へ降りて行った。ガーゼの浴衣《ゆかた》を着た母の姿が、空気の抜けた風船のように、小さくあわれに見えて、気の毒であった。だが、新子はもう、美和子のことなど、心配してやる気はなかった。
 美和子は、思いきりよく美沢に呉れてやれ!
 そして、その心の傷を癒すためには、前川氏の好意に甘えて、風変りの新生活に、飛び込んでみよう。そのために、一家の生活が安定を得れば、母だって喜ぶに違いない。新子は、そう決心すると案外、気持が落着いて、眠ることが出来た。
 翌朝、眼がさめたのは、八時であった。美和子の床は、昨夜《ゆうべ》のままで、少しも乱れていなかった。午後になっても美和子は帰って来なかった。二時頃、母親が美和子の心配で、昨夜ろくろく寝なかったらしい表情で、二階へ上って来た。
「美沢さんのお母さんが、何か話があるといって、お見えになったのよ。お前は、よく知っているのだから、お前降りて来て、話をきいてくれないか。」新子は、また胸を衝かれるような気がしたが、すぐ落着いて、
「すぐ行くわ、少し綺麗になって……」と、毛の落ちかかっている生際《はえぎわ》へ、手をやった。

        三

 年寄同士のくどい挨拶の、頃を見計らって顔を出そうと、茶の間で、座敷の話を聴いていると、案に違わず、美和子は美沢と、昨夜一夜を過したらしい。
 新子の母は、思いがけないことばかりで、(まあ?)とか(おや!)とか、いう感嘆詞ばかりで答えている。
(新子は、長い間お交際《つきあい》していたようですが、美和子までが、そんなお交際していようとは、驚きましたね)と、あっけに取られている。
 美沢の母の話によると、美和子は昨夜《ゆうべ》美沢と一しょに、鎌倉か逗子かへ遊びに行って、今朝二人で美沢の家へ帰って来たが、(家へ帰ると叱られるから、小母さまが行って、話をつけてくれ!)と傍若無人の駄々を、こねているらしかった。
「新子!」と、母がその時呼んだので、新子は境の襖をあけて、上半身をのぞかせた。新子とは幾度も会ったことのある美沢の母は、愛想よく蒲団から、身を退《すさ》らせて、挨拶した。
「しばらく……軽井沢の方へ、おいでになって、いらしったそうで、少しおやせになりましたようで……」
「はア。」新子は、やさしく笑った。
「昨夜は、ご心配をおかけして、相すみません。美和子さんが、宅の方にいらっしゃいますのですよ。」
「あの人、ほんとうにわがままで、ご迷惑をおかけしてすみません。」新子は、もう覚悟していたことなので、素直に答えることが出来た。
「いいえ。」美沢の母は、ちょっと新子の心持を探《さぐ》るように、ジッと視線を合せて、新子の澄んだ静かな瞳にぶっつかると、安心したように、
「何ですか。こう、藪《やぶ》から棒のようなお話ですけれど、……若いもの同士で、あやまち[#「あやまち」に傍点]のありません内に、いっそ美和子さんを、私の方へいただきたいと思うんでございますけれど……」
「美和子でございますか。」美沢の母の言葉が終らない内に、新子の母が、びっくりして訊き返した。
「はア。昨夜なんぞも……」美沢の母は、ちょっと思い計るように、そこで止してしまって、新子に、
「貴女とも、一度よくご相談したいと、思ってはおりましたんでございますけれど……」そう云われて、新子は顔を真赤にしたが、しかし、しっかりした調子で、母へ、
「お母さん、美和ちゃん、子供みた
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