見事なトサカを持ったレグホン種の真白い雄鶏《おんどり》が、納屋から飛び出して、ときを作った。
白い綿雲が邪魔扱いにされて、低い空をグングン流れて行く、一番いたぶられた月見草や芝草が、綺麗に露で化粧をして、あまやかな土から、徐々に頭をもたげかけている。
別荘の窓が、一つ一つ開けられる。
綾子夫人の部屋からは、スキーパの魅惑的な恋の歌が、流れ出す。階下《した》の子供部屋から、小太郎が、
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雨、雨、降れ! 降れ!
母さんが
蛇の目でお迎い嬉しいな。
ピチ、ピチ、ジャブ、ジャブ、ラン、ラン、ラン。
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と、歌いながら飛び出して来た。
準之助氏は、水を吸って重くなった靴を、三和土《たたき》に脱いだ。靴下から湯気が出ている。
「やア。パパのびしょぬれ! 野良犬みたいに、なっちまった!」
小太郎の歓声に、準之助氏は、人知れず頬を染めて苦笑しながら十分ばかり先へ帰した新子が、目立たないで帰れたか、どうかを考えながら、二階へ上って行った。
レコードが、ピタリと止まると、笑った夫人の顔が、廊下へ現れた。
「まあ! たいへんね。どこで、雨にお逢いなすったの。」
「クラブ・ハウスから、一番遠いコースにいたんだよ。早く引き上げればいいやつを……」と、何気なく弁解した。
「あら! じゃ、やっぱりゴルフに行ってらしたの。杉山、どうしたんでしょう。折角、車を持ってお迎いにやったのに。」
準之助氏は、ギョッとして思わず、妙な顔をした。
「杉山は、キャディに訊いても、ハウスの人に訊いても、今日はお見えにならないと云ったって、帰って参りましたのよ。」
(失敗《しま》った! 妻の不断に似合わず、いやに気のついたことをしたもんだ。これじゃ、ゴルフに行ったと云うんじゃなかった!)と、後悔したが駟《し》も及ばず。
二
「杉山の探しようが、下手なんだ!」と、強引に嘘を云って、部屋へはいろうとすると、夫人は、
「早く洋服をお脱ぎになって!」と、追いかけて来ながら、「ハンチングも、大変でしょうね。どこへお脱ぎになった!」と、訊いた。
「あの強い風にたまるものか。持って行かれてしまったよ。」
「夕立の中を、よっぽど歩いていらっしったのね。妙な方。」
さりげない夫人の言葉にも、浄玻璃《じょうはり》の鏡をさしむけられたようにすべてを知っていられるのではないかと不安だった……。
最後の電鳴のはげしさに、思わずすがりついた新子を掻き抱くと、どちらからともなく、唇を合わせてしまった楽しい秘密も……。
準之助氏は、身体全体が、カッと熱くなって、いそいで己れの部屋へはいると、扉《ドア》を立ててしまった。
新子が濡れた足袋《たび》を脱ぐと、十の指は、爪まで色を失って、冷たく、凍えていた。手の指も、ハッと呼吸《いき》を吹きかけないと、自由にならないほど、冷え切っていた。高原の夕立は、都会のそれとは違って猛烈で、雨が冷たかった。準之助氏より、十分ほど早く帰って来た新子は、和服でもありかなりひどく濡れてしまっていた。
女中達に騒がれるのを厭《いと》って、コソコソと自分の部屋へ上って来たのだけれど、いくら注意して歩いても廊下に、雫《しずく》の落ちるほどあさましく濡れた我身であった。
手早く、銘仙の着物に着換え、帯もシャンと締直し、髪も手がるに束《つか》ねなおし、気を落ちつけるように机の前に、坐った。
途端に、聞き馴れたスキーパの独唱が、夫人の部屋から聞えて来た。新子の好きな、そして美沢も愛好している「グラナダ」という、古いレコードである。
何という不可思議な心理だろう。新子は、三十分前の自分の気持が、自分でも分らなかった。美沢とは、二年近い交際で、最初から好きで、だんだん愛するようになり、二人ぎりで居る機会も多かったにも拘わらず、美沢が自分の手を握ったことだって、二、三度しかないのに、……準之助氏は、さのみに愛してもいず、一言だって愛を語ったわけでもないのに、どうして、あんなに脆《もろ》くも唇を許してしまったのだろうか。
新子は、自分の気持が、不可思議でならなかった。やはり、あんな大金をもらったという弱味が、いつかしら自分の心を、あの人の方に傾けていたのかしら。新子は、そう思うと、急に悲しくなった。
三
言葉に出して愛をささやかれ、言葉に出して愛を求められる場合は、女性の心は、ピンと張り切っていて、理性が働き感情が冴えて、容易に肯《うなず》かないものであるが、すべてが行動で、その時と場合との機《はず》みに乗って来られたのでは、ちょうど先刻の夕立のように、身を避ける間もなく、濡れてしまうのではないかしら。
準之助氏も嫌いな人ではない。しかし、ああも簡単にはと思うと、新子は、自分
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