ないんだもの……」
「駄々っ子だねえ。じゃ、小母さんの帰るまで、飲まず食わずにいるさ。」と、いって美沢が美和子と、さし向いに坐ってチェリイをつけると、美和子はすぐ羞《はずか》しそうに、唇の傍に手をあてたり、下眼づかいをしたり、いたいたしいほど、処女めいた表情をする。彼は、このお嬢さんを、いかに扱うべきか考えずには、おられなかった。
「靴下がとても、汗ばんで気持がわるいの。ちょっと、取っていてもいいかしら。」
「いいさ。」
美和子は、立ち上ると、それでもしおらしく、後《うしろ》を向きながら、スルスルと靴下を取ったが、かの女は彼の眼を、さっぱり恥かしがっていなかった。
「ねえ。随分毛深いでしょう。」
「うん。」
惜気もなく、前に出された裸の脚に、美沢は、ふーっと瞼や唇元《くちもと》を、温い風に吹かれたような気持で、
「僕なんか、キレイなものだ!」と、自分も、ちょっと浴衣《ゆかた》の裾を、あげて見せた。
「厭やン。男のくせに、そんなにのっぺりしたの気味がわるい。」と、いいながら、盛んに自分のスカートを引張り降して、
「毛ぶかい人は、情が深いって! 貴君なんか薄情なのよ。」まるで、年増|芸妓《げいしゃ》のような言葉を、はずかし気もなくズケズケいった。
「頭の毛なんか薄いんでしょう……」と、のび上って頭の頂辺《てっぺん》をのぞきに来た。
美沢は、もう美和子の前では、何事も遠慮なし、横になって話ししようと、また美和子が、シュミーズ一つになろうと、それは何でもないことだと、軽快に感じられて来た。
「こんなものさ。」と頭を下げて見せた。
「立派ね。あら、あら、白髪があるわよ。」
「ウソをつけ、光線のせいで光っているんだよ。」
「あんなこといっている。二本あるわよ。取ってあげるから、ジッとしていらっしゃい。」
四
美沢の耳の後に、美和子の手がふれて、頭を上げると、それが美和子の乳房を打つような感じだった。
雌蘂《めしべ》に抱かれた一|疋《ぴき》の虫のように、美沢は、深々と呼吸《いき》づきながら、
「痛っ!」
「それ、ごらんなさい。これ、白髪でしょう。白髪よ。」
「なるほどね。後は取らないでよろしい。」
「なぜ?」
「若白髪は金持になるんだろう。」
「そう云うわね。でも迷信よ。白髪なんか、ない方がいいわよ。」
「僕は、かつぎ屋だから……」と、あまりに近づく、美和子の肌を遠ざけながら立ち上って、片隅のビクトロラの蓋を払って、バッハのコンチェルトをかけた。
「美沢さんのところには、ジャズがないのね。」
「有る。二、三枚なら、テレジイナのカスタネットでもかけようか。」
「そんなのいや。もっと、ウットリとのびのびするようなの、ないの。どら。」
立って来て、レコード・ケースを掻き廻して、
「仕方がないわね。これでもかけましょう。」と、取り出したのは、ラヴェルのエスキャール。
「そりゃジャズじゃないぜ。」
「これの方が、ましだわ。」
「へえー。君、ちゃんと知っているんだねえ。」
「そりゃア知ってるわよ。新協なんか、もうせんから、シーズンになれば欠かさないのよ。」
美沢は、美和子の中に、なにか新しいものを発見《みつ》けたように、彼女を見直した。
やがて、レコードが重くはなやかに、物がなしく、ひそやかに、あらゆる感情の交錯した音を、ひきずり出して、部屋の気分を一変させた。
「君が、音楽が好きだとは思わなかった!」
「あたし何でも好きよ。音楽も、文学も、恋愛も。」
「へえ! 剛気だな。でも、恋愛だけは余計じゃないか。」
「三人姉妹でしょ。三つの階級があるのさ。上のお姉さまは、貴族《アリストクラット》よ。新子姉さまは平民で、あたしは芸術家《ボヒーミアン》よ。」
「なるほど、そうかもしれないな。」
「上のお姉さま、少しいやよ。家では、お高く止まって、結局皆に何かさせてしまうのよ。新子姉さまは、あまりに家のことを心配しすぎるのよ。つまり、貧乏性の損な性分なのよ。」
「君は?」
「ボクはね。とっても素敵さア。」
いきなり男の子のように、きらきらと眼を輝かした。
五
美沢は、いつの間にか、壁に背をもたせて、両足を前に投げ出していた。美和子と話していると、人間の男と女という気がしなくって、ついそんな遠慮のない姿勢になってしまうのだった。
美和子が、一茎の薔薇ならば、彼も一茎の植物の花になり、新鮮に軽快に、のびのびとした気持になるのだった。
コマシャくれた頭のいい妹と話しているような気になって、
「美和子ちゃん、君が素敵って、どんな風に素敵なのさ?」と、訊いた。
「そりゃ、キミがいわなくっちゃ。」白々と男の子のような、あどけなさで云った。
「チェッ、素敵なものか。僕に云わせりゃ、不良少女だぜ。」
「ああ、そう。私少
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