、どうにか致しますわ。」
「それは、一番良いことのようで、一番悪いことですよ。」
「なぜですの。」
「それは、貴女独りに、あらゆる負担を転嫁することですもの。」
「だって、私が自発的にやるんですから、いいじゃありませんか。私、舞台に出てみて、初めて自分の生きる道が分ったような気がしますの。」
「なるほど、貴女は情熱家だ。そうした気持で『彼女』をやるんだから、成功するはずですな。しかし、貴女にムリをさせて、僕達が傍観するわけには行きませんからな。」
「先生。大丈夫だと申し上げましたのに。私、母に話せばどうにかなると思いますの。」
 学問はあっても少うしお調子ものの圭子は、頼まれもせぬのに、つまらない役を買って出ているのだった。
「そうですか。それでは、一つお願いするかな、これこの通り……」小池は、卓子《テーブル》の上に、蛙が両手を張ったような形に、両肘を延ばすと、頭をつけて低頭してみせた。
「いやですわ、先生。そんなことをなすって、おほほほほほ。」
 小池はなかなか頭を上げなかった。圭子は笑いながら手を延ばすと、小池の頭を両手ではさんで持ち上げた。

        三

 圭子の母は、長女が芝居の研究会にはいっていることは知っていたが、まさか舞台に出るまで深入りしているとは、知らなかった。
 今日は、この三、四日、研究会の集まりで、非常に遅くなるといって、出かけて行った。
 だから、十一時までは気に止めなかったけれど、その頃美和子が帰って来て、
「お姉さまは、今晩もきっと遅いわ、でも、お母さん心配しないでいいのよ、お姉さま、とても素敵なお仕事をしていらっしゃるんだから……」と、母親をからかうようにいって、二階の寝床へ上ってしまった。
 妹が帰った後、一時近くになっても、姉は帰って来なかった。母はいても立ってもいられない気持になった。
 いっそ、美和子を起して、様子を訊こうかと、二階へ上りかけたとき、路次の入口で、自動車が止り、走り込んで来る靴音がした。
 こっちも走り出て、玄関を開けると、
「ああ、疲れちゃった。お母さん、まだ起きていらしったの。寝ておしまいになれば、よかったのに……」と、圭子の顔は、口惜《くや》しいほどのんきだった。
「まあ! お前が帰るまでは寝られますか。何時だと思うの……」と、母親らしい叱責の言葉に、圭子は応《こた》えもせず、
「眠いわ。」と、
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