可笑《おか》しそうに笑い出した。青年は、驚いたように、夫人と顔を見合わせた。
「貴君のように、大ゲサな物いいをする人はないわ。私達は、お友達同士じゃありませんか。いつまでも、貴君は私の好きなお友達よ。」いとしむような、艶《あで》やかな愛嬌に溢れている夫人の顔を、それ以上見るのが恥かしく、青年はまた視線をそらした。
「一しょに遠乗りをしても、用心する。パーティに行くのも危険だ。一しょに小旅行《トリップ》に行くなんて一大事だなんて云うお友達は、一体どんな顔をしている。どーらちょっとこちらを向いてごらんなさい!」と、云いながら、夫人の手が無造作に、青年の顎に延びた。
青年は、真赤になりながら、いやでも夫人と顔を見合わせなければならなかった。彼は、咽喉と胸がいくらかつまるような気持がして夫人の手をそっと顎から押しのけた。
ちょうど、馬を預けてある百姓家の前へ来た。
「ほほ……。もう何にもお願いしないわ。でも、馬にだけは乗せてくれるでしょう?」青年は、夫人を介添して、夫人のほっそりした右の片足を支えて、馬背《ばはい》にまたがらせた。
再び馬上の人となった夫人は、薔薇《ばら》の花のように、ほこらしげに笑った。
並んで、馬を打たせ始めると、夫人は怒ってでもいるように、軽井沢近くなるまで、物を云わなくなってしまった。
離山《はなれやま》のふもとまで来たとき、青年は、この気まぐれの大公妃のご機嫌を取るつもりで、実に用心ぶかくつつましく、不安げに訊いた。
「何か、お気にさわりましたか。」
「私が……何を。」夫人は、いたずらいたずらした大きな双眸を、ジッと青年の方へ向けた。
夫人を敬遠しながらも、やはり青年は夫人の影響の下にあると見えて、やはり青年の気持ちには落着きがなく、夫人の媚態の甘やかさに酔うていたのだ。
「だまっておしまいになったから。」
「そうよ、貴君が、警戒ばかりするからよ。」そういいながら、夫人はかるく拍車を当てた。馬は、急に早い速歩《トロット》に移った。
「危いですよ、そんな……」青年は、もう別荘地の道に出るので、夫人の無謀を制しようとすると、夫人はわざと一鞭くれた。
競走馬上りだけにかん[#「かん」に傍点]のいい牝馬《ひんば》は、すぐ駈足になって戞々《かつかつ》たる馬蹄の音を立てながら前川邸近い森の中に走り入ろうとしたように見えたが、何人《なんぴと》かの悲
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