ろへご挨拶に出ようと思って、自分の部屋の扉を開けてみて、新子はハッとした。
 それは、間違って別室に入ったのではないかと思ったほど、容子が変っていたからである。自分が使っていた机の上は、キチンと片づけられ、そこに置いてあった数冊の本は影もなく、女郎花《おみなえし》と桔梗《ききょう》とを生けてあった花瓶も見当らず、ベッドの上の麻のかけぶとんもなく、棚の上のスーツ・ケースも無くなっていた。
 あまりの激変に新子は、あっけに取られて、立ちすくんでいると、新子の帰宅をそれと気づいたらしい女中が、廊下をバタバタと後を追って来た。
「南條先生! たいへん、失礼致しました。でも、奥さまがいらっしゃいまして、先生のお部屋が違っていると、おっしゃるもんですから、お留守でしたけれども、早速お変えしたんですの、奥さまはおっしゃったことを、すぐ致さないとご機嫌が、悪いものですから。」人のよさそうな女中は、オドオドしながらいった。

        四

 新子は、思わず身体が、ムーッと熱くなるような憤《いきどお》りを感じた。
 奥さまの考えで、部屋が違っていたにもせよ、自分が帰って来るのを待って引越させてくれてもいいではないか、たとい雇人であろうとも、他人の留守に勝手に、荷物を運び出すなんて……女中のせいではないと思いながらも、かの女はつい険のある眼になって、
「そして、新しいお部屋は……」と訊いた。
「どうぞ、こちらへいらしって……」と、女中は先に立った。
 肩のあたりが、雨にぬれていて気持がわるく、一層ジリジリした。
 二階へ上るといっても、女中部屋の脇からの裏階段で、母屋とは棟ちがいの中二階の部屋に案内した。
 畳数は六畳で、同じような作りの部屋が二つ並んでいた。
 とっつきの部屋は、物置になっているらしく、静子に当てられた次の部屋も、小さな窓が一つあるだけで、何となく暗く、床まき香水を思わせるよい草の匂いなどはおろか、うかうかすればカビの香りでもしそうである。
 隅にある安手な机と書棚、新子の荷物が部屋の真中に薄情そうに雑然と置かれてあるのを見ると、ものかなしくなって、そのまま暇《いとま》を告げて、東京へ帰りたい気持がした。
「では、ご免遊ばせ。」と、女中は新子の顔を見ないようにして、コソコソと階下《した》へ行ってしまった。
 新子は、目見得に来た女中のように、スーツ・ケースから着
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