「………」
 新子は、ふらふらしたらしく、後《うしろ》の衝立《ついたて》によろけかかりそうになった。
「いいじゃないの、お姉さま、何も恐がらなくってもいいじゃないの。何も、お姉さま、なにも悪いことしてないんでしょう。グズグズいえば、お姉さまだって、いうだけいえばいいじゃないの。」
「だって、なまやさしい方じゃ……」と、新子がいいかけたとき、待ちきれなくなったらしい夫人が、扉《ドア》から早くも半身をのぞかせて、
「私は、はいってもいいでしょうね。」と云った。
 新子は、そのまま立ち竦《すく》んでしまったように、夫人から視線をそらすことも、首を下げることも出来ずに茫然としていた。
 夫人は中へ足を踏み入れながらも笑顔を見せていたが、それは異常な緊張の微笑である。こうなると夫人の高雅な鼻の形などは、それだけの凄味を呼ぶのであった。

        五

 新子は、夫人の姿を見た瞬間からあさましさと、恐ろしさとで、床のないところに立っているような感じがして、身体がわなわなふるえた。
「随分立派ね。」夫人は、新子にも会釈もせず、部屋の中を一わたり見廻した後、なすところを知らず、棒立になっている新子を見ていった。
「ほほほほ。駭《おどろ》いたらしいわね。私が、何も知らずにいるなんて、思う方が間違いよ。」新子は、胸を衝かれたような思いであったが、その言葉をきっかけに、やっと視線をそらしながら、機械的に頭を下げた。
「私、貴女にいろいろ訊きたいことがあるの。答えて下さるでしょう。」
 店にお客が二組くらいあるので、さすがに物柔らかい調子ではいったが、新子は何とも答えられず、ただおぞましい悲しさで胸が一杯だった。
「お客の居るところで、話しするのは、私はいいけれども、貴女はいやでしょう。静かに話の出来る所はないかしら……」と、夫人は早口に云った。すると、美和子が、
「お二階のお部屋にするといいわ。私、ご案内するわ。こちらへいらしって下さい。」と、云って先に立った。
 新子は、薄情な美和子の言葉を遮る気力もなかった。
 夫人が、何を訊くのだろう。その訊かれたことに、何と答え、何と抗すればいいのか。傷もつ脛の弱味で、どんなヒドい言葉でも、どんな無慈悲な侮辱でも、甘んじて受けなければならないのだろうか。顔を逆さまに、撫でられるような気がして、どうしていいか分らなかった。
 厳然たる態度で
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