子は、自分の小さい洋傘《アンブレラ》をつぼめると、美沢の手にすがって来た。
小柄で、まだ子供子供している上に、愛らしくはあるが、色っぽくはないので、そんなに近々と身を寄せられても、てれくさくないばかりか、肩に手をかけて歩いても、恥しくないほど、時々と愉快である。
「美沢さん、家へ送って下さるんでしょう?」
「そうね。遅くなったからな……」
新子に会えば、この上遅くなるし、それに新子の家では、姉妹《きょうだい》達がいて、思ったことも話せないし……と美沢は考えた。
「ウソつき!」水だまりをよけながら、美沢の肘《ひじ》に、すがっていた美和子の手に重みが加わった。
「あした、八時から練習があるんですよ。明後日《あさって》放送だもんだから……」
「あなた先生よしたの本当?」美和子はまだ半信半疑であったらしかった。
「本当ですとも。」
「いいわね。私、大賛成だわ。美沢さんは、天分があるんですってね。」お世辞ではあろうが、新子の手紙よりはズーッとうれしかった。
二人は、バスの停留場に出ていた。
「これから、銀座へ出ても、もうお店起きてないかしら?」
「まだ大丈夫ですよ。」
「ねえ、美沢さん。一しょに銀座へ行かない?」
「何か用事があるのですか?」
「靴下を買うのよ。これ穴が開いているんですもの。お姉さま、お金ちっとしかくれないから、一円五十銭のを買うの。美和子悲しいわ。」見栄もなく、正直になげくので、美沢は何となくいじらしくなった。
「でも、僕はあした早いから……」
「いいじゃないの。私、円タクをおごるわ。」
「円タク賃ぐらい、僕が出してもいいけれども。」
「じゃ、行きましょうよ。ねえねえ。」美和子は、両手で洋傘《こうもり》を持っている美沢の手を、一、二度ゆすぶった。
美沢は、とうとう通りかかった円タクを呼び止めて、銀座まで五十銭に値切った。
時間が遅いので、新子に会うのを断念した自分が、美和子につき合わされて、銀座へなどと思うとくすぐったい思いがしたが、しかし朗かさそのものである美和子と一しょに居ることも、愉《たの》しいことに違いなかった。
第一、美和子は、新子のように批評的に、皮肉に人を見たり考えたりしなかった。
五
美和子が、靴下を買うのにつき合ってから、ジャーマン・ベイカリで、一しょにお茶を飲み、数寄屋橋まで歩いて、別々の電車に乗り、美沢
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