憎みながらも、いじらしい媚態の内に自分に対する愛情を告白している新子を、前川は限りなくいとおしく思った。
「新子さん、美和子さんなんか、問題じゃないじゃありませんか。僕がどんなに貴女のことを思っているか……」
前川は、今まで抑えに抑えて来た激情が、一時に溢《あふ》れ出して、前後不覚になると立ち上って、壁によりかかっていた新子をしっかりと、自分の方へ抱《いだ》き寄せた。
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夫人策動
一
十月になってから、いくらか日が詰まっているとはいえ、七時といえば、まだ夕暮の、そこはかとないあわただしさが漂っているのに、広い邸の中はしんとして、寂しいほど静かであった。
外出姿の綾子夫人は、三面鏡の前に腰かけて、粉を落さないように、もう一度近々と鏡に顔を寄せて、白粉をつけ直しながら、
「ツル。ツルや。」と、激しく隣室にいる女中を呼んだ。緊張した表情で、扉口にかしこまった女中へ、
「もう一度、会社へ電話して、何時頃お帰りになったか訊いてよ。」と、叱りつけるような口調で命じた。女中は、倉皇《そうこう》として下って行った。
知合いの医学博士の夫人が遊芸好きで、ちょうどいたいけな祥子《さちこ》くらいの女の子に、本式に日本舞踊を習わせていて、その踊りの師匠の花柳|何某《なにがし》の春秋二度の発表会に、今日がその子の初舞台である。
帝国ホテルの演芸場へ、お義理に引き受けた切符、日頃の交際の手前、ちょっとだけは顔出しをしなければならなかった。
一人で行くことに決めていたのだけれど、出がけに急に気が変って、その子の踊りだけを見ればよいので、それが終ってしまった後の時間|潰《つぶ》しに、良人《おっと》と一しょに銀座でも歩こうと、急に良人を誘う気になり会社へ電話をかけさせた。と、お帰りになったという。食事をすませて来るのかと、一時間ばかり待ったのに、前川はまだ帰って来ないのであった。わがままな、憤《いきどお》りやすい夫人は、じりじりして来、こうなって来ると妙にしつこく、良人を残して外出することが出来なくなった。
電話をかけに、下へ行った女中が妙に遅いので、自分も階下に降りてみると、扉《ドア》の半開きになっている電話室から、
「はア。まだお帰りになっていらっしゃいません。」と、いう別な電話を受けているらしい声が、また、じりじりと癇癪《かんしゃく》
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