んだと思った。すると、何から何まで厭になってしまって……」
そう云いながらも、美沢は自分の云いたい気持が、ハッキリ掴めなくなったように……自分に対しても、新子に対しても、もの足りなさや、苛立《いらだ》たしさが、湧き返って来たように、綺麗な眉や眸を、高い鼻の上へ、きゅっと寄せてしまった。
だが、美沢が何を求めているか、何のために苛立たしくなっているかは、新子にはよく分っていた。つまり、自分の愛である。どんな形式でもいいから変らざる愛を示す一つの言葉である。それが、分っていながら新子は、素直にそれを与えることが出来なかった。
美和子のために、新子は美沢をあきらめてしまったはずであった。美和子と醜い争いをするのが嫌で、美沢を美和子に呉れてやったつもりでいた。しかし、もしそれならば、美沢が美和子との関係を告白し、それが感覚的な一時の過ちであったことを謝っている以上、……また美和子が、美沢に対して、ケロリとしてしまっている以上、美沢を許して、以前のような愛人関係に……いな雨降って地竪まるように、前よりももっと具体的な愛の誓いを交してもいいはずではないか。新子自身さえ、それがそうなるべきはずであると思いながらも、気持はその方へ、ちっとも動いて行かなかった。
「貴方のお気持よく分っていますの。でも、私軽井沢から帰ると、いきなり美和子から聞かされてしまったんでしょう。その上お母さままでいらしったんでしょう。それですっかりもう決心しましたの……それに、私も母を抱えておりますし、あんな出鱈目な妹を持っていますし、姉は家のことなんか、かまってくれませんし……結局、独立して何か商売がしたくなってしまって……」
「じゃ、つまり貴女は前川さんに、この店を出してもらったんですか……」
笞刑《ちけい》を受けている囚人のような声で、切れ切れに云う美沢の言葉には、言外の意味も含まれていて、新子はギョッとした。
九
前川に店を出してもらったかという露骨な問いは、新子のそこだけは触ってもらいたくないと思っている心の点に、触れたので、新子は咄嗟《とっさ》に答えられず、だまって卓子《テーブル》の上に目を落した。
そうした態度は、つまりその質問を肯定していることなので、美沢はすっかり絶望的になってしまって……。
「貴女のお手紙にある、変ったと云うのは、どういう意味ですか……」と、
前へ
次へ
全215ページ中158ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング