に正確な半球が二つ、見事に盛り上っていた。
「少しくらいの穴、かがってはいていらっしゃいよ。」
「かがれるだけは、かがってよ。もう、その余地がないのよ。ほら!」美和子は、姉の膝にストッキングを落した。脚の型のまま、だぶだぶにふくらんでいる膝のあたりに、虫の喰ったくらいの丸い穴があいている。
「これくらい、大丈夫よ。マニキュアのエナメルを塗っておくと、毛が抜けないから。洋服でかくれちゃうわ。」
「うん、そうする。でも、帰りに新しいのを買って来なくっちゃ、お金頂戴!」
「この間上げた五円、どうなったの?」
「少し残っているけれど、ストッキングを買えば、バスにも乗れないわ。」
「チェッ!」笑いをふくんだ舌打ちをして、ねめすえて、五十銭銀貨を二つ出してやると、美和子は現金によろこんで、階下へ降りて行った。
台所へ降りて、昼の支度をと思っていると、
「新子ちゃん!」と、すぐ隣の部屋で、姉が彼女を呼んだ。
二
(新子ちゃん! ちょっと来てよ。話があるの)隣室からの姉の声がつづいた。
「お姉さまも、ご用?」ちょっと、皮肉に笑いながら立ち上った。スラリとした長身、ふくよかな感じはなかったが、清純な仇《あだ》っぽさが――そんな言葉が許されないとしたら――特別な風情が、新子のからだには、流れていた。
襖《ふすま》一重の姉圭子の部屋は、およそ異人種でもが住んでいるほど、区切られて特異であった。
床の間一杯に、おびただしい和書洋書が積み重ねられ、明り取りの円窓の近くに、相当古いがドッシリとした机が置かれ、その前の皮ばりの椅子に、圭子は腰かけていた。
壁には、外国の名優の写真らしいのが、銘々白い框《かまち》の縁に入れて三つかかっていた。
小さい水彩画と、ピカソの絵葉書、その脇には圭子自身の製作らしい麻布《あさぬの》に葡萄《ぶどう》の房のアプリケが、うすよごれた壁をすっかりかくしていた。
「話って?」新子は、姉の机の脇に立った。
「佐山さんが、貴女《あなた》が私達|姉妹《きょうだい》の中では、一番|曲者《くせもの》だっていっていたわよ。」と、圭子が、微笑しながらいった。
「それは、どういう意味?」
「貴女には、聖母のような清らかさと、娼婦のようなエロがあるんだって! 恋愛でもしたら、男殺しという役だって!」
「へえ。そんなこといった? だって、佐山さん、一度しか私
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