した意識を伴った心安さの奥には、ごつごつとした骨があった。
真槍の仕合以来、忠直卿は忘れたかのように、武術の稽古から身を遠ざけた。毎日日課のように続けていた武術仕合を中止したばかりでなく、木刀を取り、稽古槍を手にすることさえなくなった。
威張ってはいたが寛闊で、乱暴ではあったが無邪気な青年君主であった忠直卿は、ふっつりと木刀や半弓を手にしなくなった代りに、酒杯を手にする日が多くなった。少年時代から豪酒の素質を持ってはいたが、酒に淫することなどは、決してなかったのが、今では大杯をしきりに傾けて、乱酒の萌《きざし》がようやく現れた。
ある夜の酒宴の席であった。忠直卿の機嫌がいつになく晴々しかった。すると、彼にとっては第一の寵臣である増田勘之介《ますだかんのすけ》という小姓が、彼の大杯になみなみと酌をしながら、
「殿には、何故この頃兵法座敷には渡らされませぬか。先頃のお手柄にちと御慢心遊ばして、御怠慢とお見受け申しまする」といった。彼は、こういうことによって、主君に対する親しみを十分見せたつもりであった。
すると、思いがけもなく、忠直卿の顔は急に色を変じた。つと、そばにあった杯盤を、
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