って生命よりも大切な大小を捨てている。彼らは海外へ渡航するために、生命をさえ払おうとしている……」
「しかし、ゲビス君!」いつもは寡言《かごん》な提督《ていとく》ペリーが、重々しい口を開いた。「私も、あの青年たちの希望を遂げさせたいという感情においては、君と異らない。が、しかし私は横浜において、合衆国の国家と日本の国家との間の条約を結んだ。その私は、私情をもって、日本の法律に背《そむ》こうとする日本人を扶《たす》けることはできない。が、私は望む、知識に渇《う》えている日本の青年が自由にわが国に到来する日が、間もなく来ることを。そして現在この二人の青年に対する庇護《ひご》を拒むことは、かえってそういう未来の近づくのを早めるゆえんではないかと思う」
 ゲビスはちょっと頭を傾けたが、またすぐ叫んだ。
「閣下、貴下の言葉は私を首肯《しゅこう》させる。が、しかし公明正大な好奇心によってわが国へ渡航せんとするこの愛すべき青年の身の上を考えてやって下さい。われわれが彼らを拒絶することは、彼らを断頭台《だんとうだい》へまで追い上げることを意味している。われわれは、彼らを陸《おか》へ追いやれば、彼らはすぐ政府の役人によって捕縛《ほばく》されるだろう。そして、日本の峻厳《しゅんげん》な法律は、彼らの首を身体から斬り放つだろう。我々合衆国人の渡航によって好奇心を起し、我々の故国を慕うものを、われわれの手によって、断頭台の上へ追い登らせることは、アメリカ合衆国の恥ではないか。われわれの大統領が、われわれを日本へ送ったゆえんは、形式的な条約を結ぶためではない。孤島《ことう》のうちに空しく眠っている可憐な国民を、精神的に呼びさますことではないか。しかるに、今われわれの喚問《コール》に最初に答えたこの愛すべき先覚者、国民全体の触覚ともいうべき聡明叡知《そうめいえいち》なる青年の哀願に、聾《し》いたる耳を向けるということは、われわれが帯びている真の使命に対する反逆ではなかろうか。二人の青年を、日本政府の役人の目から隠して、日本政府の感情を傷つくることなしに本国へ送ることは、もしそれをやろうと思いさえすれば、はなはだ容易なことである。私は、提督がわが国建国以来の精神たる正義と人道との名において、この青年の志望に耳をかさんことを切望するものである」
 ゲビスの熱弁は、すべての人を動かした。剛復《ごうふく》な、かつて自説を曲げたことのない艦長でさえしばらくの間、黙っていた。
 提督の顔にも、著しい感動の色が浮んだ。彼の心が、二人の日本青年の利益のために動いたことは確からしかった。彼は、やや青みがかっている顔を上げて、一座を見回した。
「ほかに意見はありませんか。ウィリアムス君! ワトソン君?」
 そのとき、ワトソンはふと、さっき日本の青年の一人がランプの光で字を認《したた》めているときに、その手指に無数に発生していた伝染性腫物のことを思い出した。
「私は船医の立場から、ただ一言申しておきたい。彼の青年の一人は不幸にも Scabies impetiginosum に冒《おか》されている。それは、わが国において希有《けう》な皮膚病である。ことに艦内の衛生にとっては一つの脅威《メナス》である。私は、艦内の衛生に対する責任者として、一言だけいっておく。むろん私はこの青年に対して限りない同情を懐いているけれども」
 ゲビスの正義人道を基本とした雄弁も、この実際問題の前には、たじたじとなった。
 提督の顔色が再び動いた。彼は青年の哀願を拒絶するために感ずる心の寂しさを紛《まぎ》らす、いい口実を得た。かなり長い熟考の後に提督はいった。
「ゲビス君、私はこの青年に対する同情において、決して貴君に負けはしない。が、私は疑わしき人道よりも、もっと考慮しなければならないものを持っている。その上、かの青年たちの志望よりも、艦内における衛生の重んずべきことについては、諸君が一致していてくれるだろうと思う。それではウィリアムス君! かの青年たちを宥《なだ》めて、陸上へ返して下さい。ゲビス君! 君はかの青年たちを送り返すために、ボートの用意を命じてくれたまえ」
 そして、その命令は即時に実行された。
 外科医のワトソンは、二人の日本青年が舷梯《げんてい》から降されるのを見た。二人は目に涙を堪《たた》えながら、合衆国人の仁義心に訴えたが、それが容れられないと知ると、穏やかなわずかな抵抗を試みた後、その不幸な運命に服従した。彼らのつつましい悪怯《わるび》れない態度を見たワトソンは、その夜船室の寝台で、終夜眠れなかった。

          四

 不幸な日本青年についての事件が起ってから、三日目の朝、ワトソンは、他の一人の士官と一緒に海岸に上陸した。
 よく晴れた一日だった。二人は海岸を散歩して
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