の光で懐紙に「|吾欲[#レ]往[#二]米利堅[#一]《われメリケンにゆかんとほっす》|君幸請[#二]之大将[#一]《きみさいわいこれをたいしょうにこえ》」と、手早く認《したた》めて、その紙片を持ちながら、舷梯《げんてい》をかけ上った。が、不幸にもその船には、通辞がいなかった。老いた夷人は、寅二郎からその紙片を受け取ると別の紙に横行の字をかいて、二つの紙片を寅二郎に返しながら、ポウワタン船《ふね》を指して、手真似であの船へ行けといった。二人には、その意味がすぐ分かったけれども、乗ってきた小舟で、更に一町の沖合へ進むことは至難のことであった。寅二郎は、船上に吊ってあるバッテイラを指して、手真似であれで連れて行けと頼んだが、きかれなかった。
 疲れ切った身体で、二人はポウワタン船まで漕いで行った。沖へ出れば出るほど波が荒くなった。寅二郎も重輔も、手掌《てのひら》に水泡《まめ》がいくつもできた。が、舟は容易に彼らの思う通りにならなかった。内側へ付けようと思ったのが、外洋へ向った波の荒い外側に付いてしまった。しかも舷側と舷梯との間に挟まれ、激しい波に煽《あお》られ、凄《すさま》じい音を立てながら、舷側へ幾度も叩き付けられた。
 船上に立って居る番兵に、その音が聞えたのだろう。手に長い棒を持った夷人が、怒り罵りながら舷梯を駆け降りて来て、二人の乗った舟を、その棒で突き出そうとした。突き出されては堪らないと思ったので、寅二郎は、素早く舷梯へ飛び移った。重輔は、纜《ともづな》を梯子に移った寅二郎に渡そうとした。が、夷人は容赦もなく舟を突き出すので、重輔もあわてて舷梯へ飛び移った。そして、小舟の纜を手放してしまった。
 舟には、二人の大小と荷物とを残してあった。が、旗艦に乗った以上、ともかくもなると思ったので、小舟の流れ去るのを顧みなかった。むろん、顧みる余裕もなかったが。
 二人を船上へ拉《らっ》した夷人は、二人が船を見物に来たのだと思ったのだろう。二人に羅針盤を見せたりした。二人は首を振って、筆と紙とを求めた。矢立《やたて》も懐紙も小舟へ残して来たのである。
 間もなく、日本語の通辞ウィリアムスが出て来、そして二人は船室へ導かれた。ギヤマンのランプが室内を真昼のように、煌々《こうこう》と照らしていた。
 室内には、通辞のほかに、二人の夷人が立ち会った。一人は副艦長のゲビスで、他は
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