り方が怪《け》しからないではないか)と、いうと、横に立ち廻ったかと思うと、男の尻《しり》をハタと蹴《け》った。すると、男はたちまち姿が見えなくなった。僧正はおかしいと思いながら周囲を見たが、どこにもいない。それで、庫裡《くり》の方へ行って、人を呼んだ。法師達が出て来ると、(今、わしを剥《は》ごうとする者がいたのだが、急に見えなくなった。灯をともしてさがしてくれ)と、云いつけた。十人ばかりの僧が、手に手に灯を持ってさがしまわっていたが、そのうちの一人が上をさして(やあ、あすこにいる)と云うので皆が見上げると、一人の黒い装束《しょうぞく》をした男が、足場のために作ったやぐらの柱と柱の間に、はさまれて身動きが出来ずに、むくむく動いているのであった。二、三人昇って見るとさすがに、刀だけは持っていたが、ぼんやりした顔をして、目ばかりパチパチさしていた。僧正のところへ連れて来ると、僧正は(老法師とても馬鹿にしてはいけないぞ。また、わるいことは今後やらない方がいい)と云って着ていた衣の綿の厚いのを脱いでその男へ与えた。
これらの大力物語のいずれも誇張《こちょう》に違いないが、その誇張が空とぼけていて、ほほえましいものである。この話なども、蹴られて、積んであった材木の上にのっかっていた程度であろうが、それを話しているうちに、だんだんやぐらの上にのせてしまったのであろう。
底本:「おかしい話〈ちくま文学の森5〉」筑摩書房
1988(昭和63)年4月29日第1刷発行
1989(平成元)年2月10日第5刷
底本の親本:「筑摩現代文学大系27巻」筑摩書房
1977(昭和52)年
初出:「新大阪新聞」
1947(昭和22)年
入力:内田いつみ
校正:小林繁雄
2009年8月7日作成
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