け出した。そこに立てかけてある竿を取り上げて、漁夫が鉾《ほこ》で鯉でも突くような構えで水面を睨んで立って、あがいている自殺者の前に竿を巧みに差し出した。竿が目の前に来た時に取りつかない投身者は一人もないといってよかった。それを老婆は懸命に引き上げた。通りがかりの男が手伝ったりする時には、老婆は不興であった。自分の特権を侵害されたような心持がしたからである。老婆はこのようにして、四十三の年から五十八の今までに、五十いくつかの人命を救うている。だから褒賞《ほうしょう》の場合の手続などもすこぶる簡単になって、一週で金が下るようになった。政庁の役人は「お婆さんまたやったなあ」と笑いながら、金を渡した。老婆も初めのように感激もしないで、茶店の客から大福の代を貰うように、「おおきに」といいながら受け取った。世間の景気がよくて、二月も三月も投身者のない時には、老婆はなんだか物足らなかった。娘に浴衣地をせびられた時などにも、老婆は今度一円五十銭貰うたらといっていた。その時は六月の末で、例年《いつも》ならば投身者の多い季《とき》であるのに、どうしたのか飛び込む人がなかった。老婆は毎晩娘と枕を並べながら、
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