る。それを手繰り寄せる頃には、三町ばかりの交番へ使いに行くぐらいの厚意のある男が、きっと弥次馬の中に交っている。冬であれば火をたくが、夏は割合に手軽で、水を吐かせて身体を拭いてやると、たいていは元気を回復し警察へ行く場合が多い。巡査が二言三言《ふたことみこと》、不心得を諭すと、口ごもりながら、詫言をいうのを常とした。
こうして人命を助けた場合には、一月ぐらい経って政府から褒状《ほうじょう》に添えて一円五十銭ぐらいの賞金が下った。老婆はこれを受け取ると、まず神棚に供えて手を二、三度たたいた後郵便局へ預けに行く。
老婆は第四回内国博覧会が岡崎公園に開かれた時、今の場所に小さい茶店を開いた。駄菓子やみかん[#「みかん」に傍点]を売るささやかな店であったが、相当に実入りもあったので、博覧会の建物がだんだん取り払われた後もそのままで商売を続けた。これが第四回博覧会の唯一の記念物だといえばいえる。老婆は死んだ夫の残した娘と、二人で暮してきた。小金がたまるに従って、小屋が今のような小奇麗な住居に進んでいる。
最初に橋から投身者があった時、老婆はどうすることもできなかった。大声を挙げて叫んでも、
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