の行動から、彼の道徳性を調べて見る気になった。青木は一体盗みをするという悪癖を持っているのだろうかと考えた。すると、雄吉の心にふと、一月前の青木に関したある光景が浮んできた。それは学校の教室で、青木が、新しく古本屋から買ったばかりだというドイツ語の辞書を見ていると、すぐ横にいた同じクラスの藤野という男が、
「おやっ! 君はこの辞書をどこで買ったんだい」と、きいた。すると、青木は、何を無礼な質問をと、いったように例のごとく高飛車に、
「なんだってそんなことをきく必要があるんだ。どこで買おうと俺の勝手じゃないか」と、冷淡にほとんど取りつく島もないような返事をした。気の弱い藤野は、青木の剣幕に威圧されてしまったらしく、そのまま黙ってしまった。が、雄吉はそれからしばらくしてから、友達の誰かに藤野が、
「不思議なことがあればあるものだね。僕が盗まれたドイツ語の辞書を、青木君がどこかの古本屋で買ったらしいよ」と、いっているのをきいた。そのことを、青木にきかせるのは、ただ青木を不快にするばかりだと思ったから、雄吉は自分一人の胸のうちに止めておいたが、今、雄吉が近藤氏の前にあって、青木の過去の行動を顧
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