らなかった。こうして、多くの人々から認められるにつけて、青木の自信と傲慢とは、正比例して増進していった。たしか彼が、近藤家へ移ってからのことであった。その頃、京都大学の哲学教授で、名声|嘖々《さくさく》として、思想界の注目をひいていた北田博士が珍しく上京して、大学の講堂で講演をした。それをききに行って帰ってきた青木は、雄吉の顔を見ると、いつものように、吐き出すような調子で、「北田博士から、あの哲学者らしい顔付を除けば、跡には何も残りゃしないぜ」と、いったまま、口をつぐんでしまった。雄吉は、北田博士に対しても、十分な尊敬を持っていたが、彼の崇拝する青木が天下の大学者たる北田博士を一言の下に片づけるその大胆さを、痛快に思わずにはおられなかった。
雄吉の青木に対する尊敬は、少しも変らなかったが、近藤家に来てから、青木の生活は、妙にぐれ出していた。彼はむろん、実家が破産したということから、ずいぶん大きい打撃を受けていた上に、日常の生活においては、かなり享楽者《エピキュリアン》であった青木は、なんといっても不自由な寄食的生活と、月々給与せられる五円という小額な小遣いとのために、その生活をかなり
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