ぢやありませんか。」
遉《さすが》の信一郎も、黙つてゐることは出来なかつた。
「さう云ふ観方をすれば、明治時代の文学は、全体として徳川時代の文学の伝統を引いてゐるぢやありませんか。何も、紅葉一人|丈《だけ》ぢやないと思ひますね。」
「いや、徳川時代文学の糟粕などを、少しも嘗めないで、明治時代独特の小説をかいてゐる作家がありますよ。」
「そんな作家が、本当にありますか。」
信一郎も可なり激した。
「ありますとも。」
秋山氏は、水の如く冷たく云ひ放つた。
汝妖婦よ
一
「誰です。一体その人は。」
信一郎は、可なり急き込んで訊いた。
が、秋山氏は落着いたまゝ、冷然として云つた。
「然し、かう云ふ問題は、銘々の主観の問題です。僕が、此の人がかうだと云つても、貴君《あなた》にそれが分らなければ、それまでの話ですが、兎に角云つて見ませう。それは、誰でもありません。あの樋口一葉です。」
秋山氏は、それに少しの疑問もないやうに、ハツキリと云ひ切つた。
瑠璃子夫人は、それを聴くと、躍り上るやうにして欣んだ。
「一葉! 妾《わたくし》スツカリ忘れてゐましたわ。さう/
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