。」
 秋山氏が、文壇での論戦などでも、自分自身の溢れるやうな才気に乗じて、常に相手を馬鹿にしたやうな、おひやらかしてしまふやうな態度に出ることは、信一郎も予々《かね/″\》知つてゐた。それが、妙な羽目から、自分一人に向けられてゐるのだと思ふと、信一郎は不愉快とも憤怒とも付かぬ気持で、胸が一杯だつた。が、かうした文学者を相手に、議論を戦はす勇気も自信もなかつた。相手の辛辣な皮肉を黙々として、聴いてゐる外はなかつた。たゞ、文壇の花形ともある秋山氏が、自分などの素人を捕へて、真向から皮肉を浴びせてゐるのが、可なり大人気ないやうにも思はれて、それが恨めしくも、憤ろしくもあつた。
「第一『金色夜叉』なんか、今読んで見ると全然通俗小説ですね。」
 秋山氏は、一刀の下に、何かを両断するやうに云つた。
 瑠璃子夫人は、『おや。』と云つたやうな軽い叫びを挙げながら云つた。
「三宅さんも、先刻《さつき》そんなことを云つたのよ。あ、分つた! 三宅さんのは秋山さんの受売だつたのね。」
 三宅は、赤面したやうに、頭を掻いた。一座は、信一郎を除いて、皆ドツと笑つた。
 秋山氏は、皮肉な微笑を浮べながら、
「いや
前へ 次へ
全625ページ中380ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
菊池 寛 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング