はありませんわ。」
「メリメは、どんなものがお好きです。」
「みんないゝぢやありませんか。カルメンなんか、日本では通俗な名前になつてしまひましたが、原作はほんたうにいゝぢやありませんか。」
「あの女主人公《ヒロイン》を何うお考へになります。」
「好きでございますよ。」
言下にさう答へながら、夫人は嫣然と笑つた。
「妾《わたくし》さう思ひますのよ。女に捨てられて、女を殺すなんて、本当に男性の暴虐だと思ひますの。男性の甚だしい我儘だと思ひますの。大抵の男性は、女性から女性へと心を移してゐながら、平然と済してゐますのに、女性が反対に男性から男性へと、心を移すと、直ぐ何とか非難を受けなければなりませんのですもの。妾《わたくし》、ホセに刺し殺されるカルメンのことを考へる度毎に、男性の我儘と暴虐とを、憤らずにはゐられないのです。」
夫人の美しい顔が、興奮してゐた。やゝ薄赤くほてつた頬が、悩しいほどに、魅惑的《チャーミング》であつた。
信一郎は生れて初めて、男性と対等に話し得る、立派な女性に会つたやうに思つた。彼は、はしなくも、自分の愛妻の静子のことを考へずにはゐられなかつた。彼女は、愛らしく
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